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カテゴリー「スポーツ」の15件の投稿

2009年11月10日 (火)

ソフトボールの醍醐味 ある限界を超えた者達の饗宴 その5

 のどかな田園地帯にある、この学校の校門とグラ

ウンドとの間には細い道があります。そこにはい

つも守衛さんが立っておられます。彼はグラウンド

で何が起っていようが、ただひたすら自分の職務を

遂行されているだけです。でも、そのお陰で,私達は

グラウンドでソフトボールに専念する事が出来るの

です。彼はたいてい同じ所に立っておられます。彼

の姿を見かけると、なぜかほっとします。

来た時は「今日もみんなが無事に競技出来ますよう

に。」 帰る時は「無事に終わりました。さようなら。」

通常の挨拶とは別に、心の中でそのような挨拶も

てしまいます。姿勢の良い守衛さんがこの学校の

守り神のような気がするのです。

 そういえば、この辺りには、かつて旧日本軍の関連

施設が多数ありました。60数年前はきっとこの学校

女学生さん達も軍需工場で働いたり、教練の時間

には、バットではなく竹槍を、ボールではなく手榴弾を

手にしていたでしょう。

ソフトボールに満たされて育つ事の出来た、今日の

彼女達は間違いなく幸せです。

女の子の孫がいて、ソフトボールの練習をのんびり

眺めている、それが私の老後の夢です。

2009年11月 9日 (月)

ソフトボールの醍醐味 ある限界を超えた者達の饗宴 その4

 まだ引きずっているんだ。私は彼女の後ろ姿を見

ていて、シドニーオリンピックで、レフトの選手がボー

ルを一度はグローブに当てながらも落としてしまった

あのシーンを思い出しました。その選手は試合後

監督に「お前のせいで負けた」と言われてから、ボ

ルを10mすら投げる事が出来なくなってしまいま

した。

でも、あれはエラーだったのかな、よく追いついた

ではないか、下手な選手でしたら、グローブには

かすりもしないで、頭の上を通過していたでしょう。

そうだエラーなんかじゃない。見ている人にはその

ように見えるだけなんだ。今自分のプレーを悔やん

でいる彼女は何歳だったのかな、中3だからシドニ

ーオリンピックの時は6歳位かな。思わず私は隣に

座って、「誰か責めた人いた?」彼女は首を振りまし

た。シドニーオリンピックの話を簡単にしてから、そ

プレーも、あなたのプレーも決してエラーなんか

はないんだよ。もしグローブにボールを当ててい

ないで、そのままボールが外野を転々と転がってし

まえば、ランニングホームランになってしまったで

しょ。エラーに見えるけど実は超ファインプレーなん

だよ。」

そのような事を話していると、ほんの2、3m先で

チームメイト一人が立ったまま涙を流していまし

た。先程の試合で投げたエースでした。

ソフトボールを3年間続けた事で、彼女達は、ソフト

ボールの技術以外とても多くの素敵な世界を手

入れたのです。

「高校でもソフト続けるの?」と聞くと。軽くうな

づきました。

「高校でも頑張ってね。」と言って、別れました。

話したのは私だけ、彼女は首を縦と横に振った

だけ、そんな不思議な会話でした。

2009年11月 6日 (金)

ソフトボールの醍醐味 ある限界を超えた者達の饗宴 その3

 1回の裏ランナー2塁の時、レフトを守っていた彼

に、左打者特有のファウルラインに切れて行くラ

イナー性の打球が打たれました。打球に追いつい

彼女は、一度逆シングルでボールをグローブ

に入れながらも、落としてしまったのです。

一点が入り、打者は2塁に達してしまいました。

ふと彼女が目に入りました。泣いていました。

「レフト、レフト、がんばれレフト!」 「泣くな!」

「楽しめ!」彼女には多くの声援が送られました。

試合は1対1の引き分けでしたから、試合終了後、

きっと彼女は自分がエラーしなければ、この試合に

勝つ事が出来たかも知れないと思っていて、試合

終了後の選手達の輪に入れなかったのでしょうか

彼女は、終了後の挨拶の整列にも、少し遅れ、一番

ろに、うつむいて並んでいました。

本来決してしないのですが、私は「本当に素晴らし

試合でした、ここまで選手達を育てられた、両監

督に拍手をお願いします。」などと言ってしまいま

した。たくさんの拍手が起こりました。

もちろん、両監督さんに対する気持ちからでしたが、

泣いている彼女の気分が少しでも和らいでくれるか

な、なんて事も少しは頭の隅にありました。

その後、グラウンド整備が終わると、ホームチーム

である彼女のチームは整列してランニングを始めま

した。試合を2試合も行った後に、すぐ練習させるの

か、何と厳しい監督さんだなと思いました。

その後、簡単にクールダウンを済ませた選手達は

整列して、グラウンドに向かって、「ありがとうござ

いました!」と大きな声で挨拶を済ませると、すぐに

皆で肩を寄せ合って、大声で泣き始めたのです。

わかりました、彼女達の引退試合だったのです。

このグラウンドで、入学以来、キャッチボールも出来

ず、バットも振れなく、ボールを体に当てたり、暑い

も、寒い日も、雨の日も。監督にどななれながら

一緒に練習し、戦った仲間達と出来る最後の試合、

後の練習が終わり、きっと様々な思いが込み上

て来たのでしょう。

保護者の方々の多くも涙を流されていました。

しばらくして、そのような感動のうねりが去り、

静けさを取り戻したグラウンドの縁石に、一人

彼女はぽつんと腰掛けていました。

2009年10月30日 (金)

ソフトボールの醍醐味 ある限界を超えた者達の饗宴 その2

 そのように緊張感が高まり私も深呼吸をして、ふと

グラウンドから少し高くなっている観客のいる方を見

ると、試合開始の頃よりも、かなり多くの方が観戦さ

れていました。制服姿の生徒達は、選手である友人

を応援しているのでしょうか。また小学生とその親と

思われる方達は、来春の受験を考えて文化祭に来て

いてこの試合を観戦しているのでしょうか。

もちろん、両チームの親を中心とする大声援を送っ

いる元気のいい応援団もいます。

私は、この試合が文化祭行事の一環として行われ

ている事を思い出しました。途中からこの試合を観

戦し始めた方のために、本当はしないのですが、今

試合状況を観客に向けて、「最終回、2アウト、ラ

ナー3塁です。」などと言ってしまいました。

しかもカウントは3ボール2ストライク。そんな時3塁

手が投手に近寄り、何やら語りました。

投手は胸に手を当てて、笑いながら緊張感を楽しん

でいるようです。

2度のワイルドピッチで進塁した走者が3塁にいま

す。(それまで非常にコントロールがよかったのです

が、試合も後半になり、握力が落ちてしまったので

しょうか?)

もう一度、キャッチャーが取れないボールを投げて、

ホームインされ、2対1でサヨナラ負けになるか。

それとも、バッターをアウトにして、引き分けるか。

それとも、フォアボールで次の打者との対決か?

否が応でもグラウンドには緊張が高まりました。

一瞬ストライク、ボールの判定が難しいボールが

来たら嫌だなと思いました。いやいやそんな事考え

たら、今まで必死にこの試合を戦ってきた選手達に

失礼だと思い、私は投手の動きに全神経を集中さ

せました。

外角低目のボールがきました。左バターは気持ち

よく、フルスウィングしました。ボールは心地よい

音を立ててミットに吸い込まれました。グランドに

はいろいろな歓声、ため息がが起こり、投手の周

りには選手達が集まり、まるで日本一になったか

のように皆で最終回を押さえた事を祝福し合って

いました。

しかし、試合終了後の整列の時に気付いたのです

が、その輪の中に一人だけ参加していなかった

選手がいたのです。

2009年10月28日 (水)

ソフトボールの醍醐味 ある限界を超えた者達の饗宴 その1

 25日日曜日、その試合は小雨交じりの中、ある

中学校の学園行事の一環として行われました。

とても、女子中学生とは思えない程レベルの高い

試合でした。特に両チームの投手はスピードが

ある上に、打者やカウントによる、内外角への投げ

分けがうまく出来ていて、私の(その試合で球審を

任されていました)判定が気に入らないと、もう一度

同じコースの少し内側にボールをを投げ込んできて、

私の審判としての能力を試すような粋な事をしてき

ました。また、一方のチームのキャッチャーは、少し

でも判定が気に入らないと、ミットをすぐに動かさず、

「入っていないの?」と無言で私に語りかけて来まし

た。この試合では両チームの戦いとは別に、私と両

バッテリーとの戦い、能力の確かめ合いがありまし

た。

一球一球次はどんなボールが来るのかなと、

ワクワクして審判をさせてもらいました。

試合内容も、バント、盗塁、ピックオフプレー、

ホームラン・・・と野球とは少し違う、ソフトボール

特有のプレーが随所にあり、そのレベルも非常に

高いものでした。ここまで育てられ両チームの監督

さんのソフトボールに対する情熱、また選手一人

一人に対する適切な指導、愛情が感じられました。

試合は1対1で最終回、2アウトランナー3塁、

カウント3ボール2ストライクという最高の場面

となりました。下手な判定は出来ません。

私はカッと目と見開き、投手を見詰めました。

今日今までどんなコースにどんなボールが来て

いたか一瞬思い出しました。外角低めストレート

多分この投手がこの試合で三振を取ってきた

ボールを予測しました。

2009年8月29日 (土)

まほろば総体 君が今歴史の新たなページを創る その1

 5年前に彼は私の前に現れました。彼が中学2年

生の時でした。陸上で100、200mの選手として、

競技会や大会に出場していました。

初めて彼の筋肉、特に脚の筋肉に触れた時、とて

も驚きました。柔らかさの中に粘りがあり、しかも

弾力のある筋肉に今まで出会った事はありません

でした。

それから、月に一度位、大会の前には必ずマッサ

ージを受けに来ました。私がこれまでに得た知識

を毎回伝えました。アスリートのための食事、サプ

リメント、ビタミン剤、・・・。また摂ってはいけない

食材、嗜好品など。彼は実によく守ってくれました。

中学生の時には全国で100mのチャンピオンに

なりました。

そして、高校最後の学年に、高校総体の3種目に

出場する事になりました。

今年の高校総体の陸上競技は奈良の鴻池陸上

競技場で開催されました。

私はトレーナーとして同行しました。

予選、準決勝、決勝と走る前にマッサージを施し

ている時、彼の母が現れて、小さな香水入れの

ようなビンから水を手に滴らせ、彼の背中や、脚に

塗布し始めました。私は「聖水ですか?」と聞くと。

「はい」と返事がありました。

後で、彼の父にその事を話すと、その聖水は、

バチカンのもので、所属する教会の神父様が、

バチカンに最近行かれた時に、拝受してきた

ものだとの事でした。

彼は自分の肉体だけで走っているのですが、

決して一人ではないのですね。

見事入賞を果たし、彼の高校の持つ、「総体で25

年間連続入賞者を出す」という伝統をしっかりと

守りました。

2008年5月24日 (土)

パトリオッツ、ステルスを撃墜する その2

 久しぶりに野球ができるというのに、そんな気持

で沈んでいた時に、友人から「試合がんばれよー」

とのメールが入りました。

「実は今日は出ようか出まいか悩んでいるんだ」

と返信したところ、

「いつも強気なんだから、今日は弱気でいいの

では。」

「弱気ではなく、K君に対するやさしさではない

のかな。」

との言葉にとても救われた気持ちになりました。

そのメールをもらったおかげで、審判に提出する

メンバー表は気持ちよく書けました。

何かををする時、誰かの励ましがあるのとない

のとでは、気持が全く違うのです。

かつては身近には、祖父や祖母、また近所の

長老がおりました。またよく行くお店のおじちゃん

やおばちゃんがいました。

彼らの心のこもったひとことがどんなに助けに

なった事でしょうか。

現代日本には教師はたくさんいます、

しかし導師はいなくなってしまったようです。

あなたにはそのような導師がおりますか。

2008年5月23日 (金)

パトリオッツ、ステルスを撃墜する その1

 18日の日曜日にやっと野球が出来ました。

3週連続雨のため中止が続いてなかなか試合が

出来ず、どんな試合になるか不安がありました。

その日は私達チームにとって一番大きな大会

です。

いつも私は捕手としてフル出場しています。

しかしその日捕手が出来るK君が試合に

来れると知ってから、昨年の最終戦で起こした

肉離れ事が頭にあり、出ようか出まいか

悩んでいました。

そんな時K君から婚約者を試合に連れてくると

の連絡が入りました。1週間後に結婚式があり

ます。彼女の前で、いいところを見せるチャンス

は守備機会の多い捕手がいいと思い、私の

代わりにやってもらおうと、試合の数日前に

決めました。しかしそれからは、自分の弱気、

理由を見付けて試合になぜ出ようとしない

のか。ケガの再発が怖いためにK君に

本来の自分の役割を任せようとしている

自分が情けなくなりました。

2007年11月22日 (木)

高野道場 その3

 大型書店のスポーツコーナーに「昭和の剣豪」

というビデオテープがありました。

何気なく解説を見ていると、「高野孫二郎の稽古」

とあります。あっ、高野先生。さっそくそのテープを

購入し、先生の部分を捜し、見ました。

先生の映像はそれほど長くはないですが、

丁度、私が道場に通っていた頃のお写真が最初

に登場し、久しぶりに慈愛に満ちた眼差しに感動

しました。

実際の稽古の場面では、竹刀を構えた不動の

姿勢から繰り出す小手、面、胴に思わず姿勢を

正してしまいました。

まだゆっくり観てはいないのですが、いくつか

気付いた事があります。

1、相手に攻められない、常に「先の気」に

  満ちている。

2、「技の起こり」が全くわからない。

  相手は気付かないうちにすでに打たれている。

3、抜き胴の動きが実に自然です。

  相手にぶつかってしまう位の近くを、さっと

  すり抜けるのです。

  映像が暗いため両手首の返しがよく

  わからないのが残念です。

当分このビデオで先生の剣道を研究します。

2007年11月20日 (火)

高野道場 その2

 整髪料を万引きした三人の中学生を取り調べる

ために、店に来た警察官の横顔に、おや、もしか

したらと思っておりました。その警察官と若い店長

、そして彼ら三人とその親の30分位の話し合いが

終わり、警察官が帰る時私は尋ねました。

「失礼ですが、高野さんではないでしょうか、

高野道場の?」 彼は軽くうなずきながら、

「はい、高野です。」と言いました。

高野先生の息子さんでした。

私は両手で彼の右手を握っていました。

「お懐かしゅうございます。」などと時代劇で使う

ような言葉を言ってしまいました。

「機動隊に入られたとうかがっていましたが。」

「今は交番勤務をしています。」

32,3年ぶりです。

一瞬に道場へ通っていた頃の思い出が蘇って

きました。脳の一部分が生き返ったようです。

この再会は、三人の万引き、それに店長が

私が親を呼ぶだけでいいのでは、という提案を

受け入れず、すぐに警察に連絡した事。

高野巡査長が非番ではなく、また今回の処理に

出動した。といったいくつかの理由というか、

原因というか、偶然というか、起こってしまえば

必然の結果なのです。

本当に不思議な再会でした。

もしかしたら、人生の出来事はすべて不思議

なことの組み合わせなのかもしれません。

私達がただ当たり前と思っているだけなので

しょうか。