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カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の112件の投稿

2009年10月27日 (火)

微笑の庭が○○の庭に その10 出会い

 亀井勝一郎の「微笑について」を、私は今まで何度

読んだのだろうか。この名文に出会い、塾での国語

の教材に25年以上ずっと利用させて頂きました。

もちろん授業では、私が朗読しました。

ほとんど文章を見なくても、次々と美しい文字の連な

りが浮かぶようになりました。中宮寺のお庭のイメー

ジがどんどん膨らみました。

アムネスティの講演会を知るきっかけは、インター

ハイの応援で奈良に行った事です。その奈良行きを

私に与えてくれたのは、A君です。5年前に、私の

学時代の友人のN君から、紹介されました。

もし、私がN君と出会っていなかったら、A君とは

決して出会う事はなかったのです。

40年以上も前に、今回の奈良行きは仕組まれてい

のでしょうか?いや、奈良でインターハイが開催

される事など、40年以上も決まってはいないでしょ

う。また陸上部の顧問の先生、コーチの方々のご

指導がなければ、またチームのメンバー、後輩達、

もちろん彼らを支えているご家族・・・・・。考えれば

きりがありません。

そして、もしホテルで奈良と奈良漬けについて熱く

語る売店の女性に出会わなかったら、唐招提寺で

の数々の素敵な体験、庭砂の掃き模様、また御影

堂の砂の波を守る庭師心意気。鐘楼と鼓楼の関

に気付いた事、新宝殿での三体の御仏、・・・これ

らの素敵な出会いや体験は決してありません。

イメージであろうが、人であろうが出会いが出会いを

生むのです。

学生の時、国文学の最初の授業で井上謙先生は

きく黒板に「邂逅」を書かれ、「人生は邂逅である」

ということを熱く熱く語られました。

今、やっとその意味が深くわかりました。

「人生は邂逅の連鎖であると」

2009年10月22日 (木)

微笑の庭が○○の庭に その9 三体の御仏

 亀井勝一郎は「私はこの寺(唐招提寺)の歴史と

仏像にはさほど心をひかれない。」と大和古寺風

物誌で述べている。しかし新宝蔵において、私は

三体の御仏に打ちのめされ、自己存在の曖昧さ、

いい加減さに大反省させられました。

新宝蔵ではまず、日本史の教科書や資料集にある

「如来形立像」のお姿でした。トルソーとよく比較

されますが、確かにもし、完全なお姿であったなら

また違った雰囲気を周囲に与える事でしょう。

 展示の中ほどに「菩薩形立像」と二体の「観音

菩薩立像」が並んでおりました。

菩薩形立像のお顔は顎の辺りの損傷が激しく、

かろうじて頚椎だけで身体に繋がっています。

また左腕は上腕から先がありません。右手首

から先もありません。私が中学生の頃、よく上野

公園にいらっしゃった傷痍軍人の方々の事を思

い出しました。

そして、その隣にはやはり両腕がなく全身焼けただ

れそのお顔すらはっきりしない御仏がおりました。

 私が最初に勤務した施設で、最初の仕事は仁科

記念財団編纂「原子爆弾」広島・長崎の写真と記録

という本を注文する事でした。Y教授は「これから、

放射性物質を扱う仕事をするのだから、原爆を

すべての原点としてもらいたい。」

入手後その本を何度手にした事でしょう。

最初の給料で真っ先に自分も購入しました。

その本の写真にある原爆死された方のお姿が

菩薩様と重なってしまったのです。

 その隣には異様に両腕が大きく長い菩薩様

がおられました。まるで隣にいるわが子を抱き

かかえたい、しかし今はそれが出来ない。

ずっとずっと出来ない。そんな哀しい気持ちが

私にはひしひしと伝わって来たのです。

60数年前の惨劇をあたかも予言しているかの

ような天平の御仏です。

もし、亀井勝一郎がこれらの御仏をご覧になったら

決して文頭のような文章は残さなかったと思います。

2009年10月16日 (金)

微笑の庭が○○の庭に   その8 砂の波形

 「若葉して 御目の雫 拭ばや」 俳人松尾芭蕉が

禄元年(1688)陰暦四月八日当寺に詣で鑑真

和上像を拝しての句 という高札がありました。

300年以上も前に、芭蕉が散策したこの同じ境内

に自分がいるんだと思うと、なぜかうれしくなって

きました。

その先の緩やかな坂を登り、御影堂の門にやって

来ました。ここに鑑真大和上の尊像が居られるの

かと思うと身が引き締まる思いがしてきました。

門から伸びる整然と配置された石畳の両側の砂

は、平行線のきれいな凹凸を描いている。

ふと気付くと、「サザサササ、ザザサササ」と木と砂の

擦れ合う音がしていた。音のする方向を見ると、

若い女性が、野球のグラウンドを整備するトンボ

のようなもので、丁寧に砂に波形を残していた。

丁度、私の立っている門の近くに来たので、「毎日

大変ですね。」と言うと。

彼女は「私は毎日このお庭を見る事が出来ます、

でもお客様は遠くからいらっしゃいますし、もしか

したら、一度きりかもしれません。」

ただただ感心し、頭が下がりました。彼女はとても

尊い教えを実際の行動で示して下さいました。

とかく、一期一会などとよく簡単に口にして、何か

理解したような気になってしまいますが。このよう

に行動で示して頂くと、その大変さ、重さが良く

わかります。

風が吹けば飛び、雨が降れば流されてしまう。

それでも、いやそれだからこそ、彼女は毎日

このお庭を守っているのでしょう。

   荒海も 今は静かな 秋の砂

2009年10月15日 (木)

微笑の庭が○○の庭に   その7  天平の響き

 亀井勝一郎は「大和古寺風物誌」の中で、売店の

から金堂、講堂、鼓楼、礼堂を視野に入れる眺

最高であると述べています。これらの建築は

目的、大きさ、瓦の勾配、・・・が全て異なっていま

す。思うにその違いこそが、絶妙な配置を寺院の

設計者に求めたのではないでしょうか

この場所で天平伽藍の世界に浸れます。

天平の大宇宙がそこにあるとすれあば、天平の小

宇宙は境内随所にあります。その一ヶ所は鐘楼の

釣鐘の下から鼓楼を眺める場所です。

僧侶が鐘を打つ時、必ずその視野に鼓楼が入りま

す。鼓楼に向かって撞くのです。何を考えながら、

何を想いながら、又は一切何も考えずに、無我の

境地で撞くのでしょうか?

鐘楼の、老成した樹のぬくもりを感じさせる堂々と

した六本の柱とたくましい梁。それに吊るされた

金属りながら人格を感じさせる釣鐘。そして

その奥の鼓楼。この場所に立っていると、たとえ

鐘が撞かれてなくても、その鐘の音が聴こえて

くるような錯覚を覚えます。

鼓楼から放たれたその響きは、金堂と講堂とに

反響し、干渉し鼓楼へと向かい、そして再び鐘楼

へと戻る。

唐招提寺の鐘の音は、一体どのような響きなの

しょうか?

2009年10月14日 (水)

微笑の庭が○○の庭に   その6 唐招提寺

 受付で渡された、唐招提寺境内略図を手にして、

南大門をくぐると、あの壮大な甍が目に飛び込んで

きました。母の実家が瓦屋さんでしたので、私は瓦

に深い親しみがあるのです。瓦の温かさ、強さ、優

しさ、その全ての集大成が金堂にはあります。

寺の正面にどっしりと構えた壮大な存在は、ただ

それだけで、宇宙全体へと想いを馳せさせてくれる

パスポートです。

このままでいい、このままずっと居させてほしい、と

いう深い現実肯定に、呼吸が大きく、深く、ゆっく

りとなりました。気付くと、視界の及ぶ範囲には、

私以外の誰もいませんでした。ここには静寂のみ

がありました。

 略図を見ながら、蓮の池の隣にある戒壇にやって

きました。ここで今まで、どれほど多くの僧侶が誕生

したのだろうか、中央の祭壇ではどのような儀式が

行われていたのだろうか?などと考えている時、

ふと足元に目をやると、ほうきで掃いた均衡のと

れた、ゆるやかな曲線が目に入りました。このよう

所まで、丁寧に心を込めて掃き浄めている。私は

どこまで、その均衡曲線の集団があるか確かめた

くなり、ずっと後を追いました。すると、戒壇の裏の

立ち入り禁止の柵まで、それはそれは芸術的な

模様が続いておりました。多分普段観光客はここ

まで来ないでしょう。しかし、そんなところまで決し

て気を抜かない、手を抜かない現在の唐招提寺の

気品、心意気を実感しました。

なんて事を思っていると、腕や脚が痒いのです。

腕には蚊が止まっていました。蓮の池から蚊が

やってきたようです。普段ならパチッと叩くところ

ですが、まさかお寺の中で殺生はいけません。

腕をふって蚊を振り払いました。それにしても痒

い。数ヶ所刺されています。

その時、もしかしたら、今私を刺した蚊の中には

鑑真大和上を刺した蚊の子孫がいるかもしれない。

唐招提寺の境内では、蚊に刺される事でさえ、

価値がある、光栄なことである。

なんて、たわいも無い事を考えてたら、痒さがいつ

の間にかどこかに行っていました。

2009年10月12日 (月)

微笑の庭が○○の庭に   その5

 昨夜の売店の女性スタッフにお礼を伝えようと、

ホテルをチェックアウトする際、売店に寄ったのです

が彼女は見当たりませんでした。では受付の方に

伝言をと思い、昨夜の売店のスタッフの方に伝言

をお願いしたいのですが、と言ったところ。

「彼女は昨日で退社しました。昨日は勤務最後の

日でした。」

ふー、こんな事があるのですね。

本当は午前中に奈良を去るつもりだったのに。

退職される最後の日に熱く、奈良漬や奈良の街

について語る彼女から、唐招提寺に行く元気を

与えてもらえたなんて。

何とすばらしいタイミングなのでしょうか。

昨夜、彼女は後数分で退職する、もしかしたら

これが最後の接客となるなもしれない。なんて事

が頭の隅にあったのかもしれません。

いや、そんな思いがあったからこそ、彼女の接客

に通常の、マニュアル通りではない何かそれを

私が敏感に感じ、エネルギーを頂いたのかもし

れません。

彼女のおかげで、私は唐招提寺へ行く事が出来、

そこで多くの素敵な体験をすることになるのです。

2009年10月 8日 (木)

微笑の庭が○○の庭に   その4

 ただ五重塔をぼーっと眺めていると、雲間から

半月が現れました。昔の人たちは五重塔と満月や

三日月を眺めて何を想ったのでしょうか。

明日は少し遠いのですが、浄瑠璃寺まで行こうと

思っていたのですが、そのような気力はなくなって

しまいました。午前中に奈良を出ようと思いました。

早く奈良から出たい気持ちでいっぱいでした。

ホテルに帰り、簡単に夕食をすませて、部屋に戻ろ

うとすると、小さな売店がありました。絵葉書でも、

思い立ち寄ると、ショーケースの上に奈良漬が

ありました。その手書きPOPには「当ホテルの朝

食に使用している」とありました。そういえば、

食の奈良漬が、とてもおいしかった事を思い出し

ました。その奈良漬を見ていると、売店の方が

近づいてきて、奈良漬について、いろいろ説明して

下さいました。その詳しいこといったらそれはすご

ものでした。○○寺の前の△△屋さんはほとん

ど砂糖を使っていないので当ホテルのとは全く違

うお味です。などといった、私にとってはかなりマ

ニュアックな内容でした。もしかしたら、奈良漬屋

の娘さんなのかもしれません。情熱的に奈良漬と

奈良の魅力について語ってくれました。つい話が

進み、私も30年前に新婚旅行でこのホテルに泊

まった事など、余計なことまで話してしまいました。

「奈良はひなびた街ですけど、いい所がたくさんあ

ます。また来てくださいね。」

話していて、少し元気が出てきました。

そうだ、明日は唐招提寺に行こう!

と決めました。

2009年10月 7日 (水)

微笑の庭が○○の庭に   その3

 何がなんだかわからない、不安定な気持ちで

中宮寺を後にしました。南大門の前まで重い足取

りで来ました。すると若いカップルが、記念写真を

撮っていました。でも何やらおかしなポーズを取って

いるのです。すぐに気付きました。仁王像のお姿を

を二人でまねしているのです。私は何とうまい事

考えたなと思い、二人の撮影を見ていました。

するとセルフタイマーがうまく作動しないのか、

何度もやり直すのです。私は余計なおせっかいか

と思いましたが。「シャッター押しましょうか?」と

言いながらカメラの三脚に近づいて行きました。

「お願いします。」の声がすぐにありました。

何枚か撮ったところ、ポーズが少し違うので、

「肩を上げて、左手のこぶしの甲は正面に向けて、

それからもっと、二人は近づいた方がいいかな。

余計なおせっかいですが、せっかくの記念写真です。

少しでもよく写った方がいいかと思いお手伝いして

しまいました。

法隆寺を後にしてから、なんと脚の重いこと、身体

重いこと、心の思いこと・・・・・。

奈良は坂が多いので、歩くのが大変です。

気付くと道に迷っていました。

全く土地勘がない上に、どちらが北かもわかりま

ん。しかもすでに真っ暗になっていました。

困ったなと思いふと遠くを見上げると、五重

塔?らしき塔が見えました。ライトアップされている

のでしょうか。夜なのにぼーっと白銀色に輝いてい

ました。塔を目指して歩きました。近くの表示で

わかりました。興福寺の五重塔でした。

なんと知らないうちに、ここまで来ていたのです。

多分どこかの駅から近鉄に乗り、多分近鉄奈良

で下車していたのでしょう。

ほとんど記憶がありませんでした。

 

2009年10月 6日 (火)

微笑の庭が○○の庭に   その2

 次回はいつこの聖なる空間に、私は存在する事が

出来るのだろうかと思っていると、私と同世代の夫

婦と思われる二人連れが本堂に入って来ました。

妻の方は堂内をさっと見回して、すぐに堂外に出て

行きました。夫の方は思惟像のすぐ前に座り、ポケ

ットから携帯電話を取り出し、何やら操作し始めまし

た。ピコピコとタッチ音が聞こえ始めました。メール

でも打ち出したのでしょうか。このような場所で、

しかもタッチ音を出しながら。きっと普段電車の中

でも、同様の事をしているのでしょう。

私はたまらなくなり、思惟の像にお別れを告げ、堂

から去ろうとしました。すると先程先に出て行った

女性が本堂の外廊下に思惟の像に背を向ける形

で座っていました。ふと見ると、右手が顔のあたり

しきりに動いています。お化粧を直しているので

しょうか。何もこのような場所でしなくてもいいのに

と思いました。そして私が彼女の横を通り過ぎよう

とした瞬間、彼女の握っている右手のこぶしの小指

から青いものが見えました。

私は呼吸する事を忘れ、全身が硬直し、目を見開

き、その場で起っている信じられない光景に放心

してしまいました。なんとその青いプラスチックの

物体は歯ブラシだったのです。

彼女は思惟の像に尻を向け、歯を磨いていました。

思考停止しました。脳が一瞬液体になりました。

すると、そこに夫がやってきて、彼女に携帯の画面

を見せました。私の場所からはっきりと見えました。

そこには、思惟の像がありました。

2009年10月 5日 (月)

微笑の庭が○○の庭に   その1

 「聖徳宗総本山 法隆寺」という石碑を見た瞬間、

ついに来たという実感が湧いてきました。はやる気

持ちを押さえながら、一歩一歩、歩みを進め、南大

をくぐり、中門と五重塔を目にした時、40年前と

30前のたった二度しかこの場所に立ったことが

ないにもかかわらず、とても懐かしい気持ちでいっ

ぱいになりました。南大門から中門までの間には

ツアーの人達や、中門前での記念撮影を待ってい

る修学旅行の生徒さん達であふれていました。

砂ぼこりが舞い上がり、中門、五重塔は霞んで

いました。私は中門を左手に見ながら真っ直ぐ

中宮寺を目指しました。途中の夢殿までは、多く

観光客の行列がありました。しかし、鐘楼を過ぎ

ると、ほとんど人影はなくなりました。

中宮寺はツアーの対象寺院ではないのでしょう。

受付で御朱印を頂き、「中宮寺の庭は、誰にもか

えりみられない平凡な庭だが、私はいつも不思

議に心をひかれる。」で始まる、亀井勝一郎の

名文「微笑について」の世界を追体験出来るの

かと思ったら、心臓の鼓動が速まっていました。

今聞こえている、サクッ、シャリッという私の足音

と同じような足音を、亀井勝一郎も聞きながら

「思惟の像」に近づいていらっしゃったのでしょう。

 30年ぶりに拝見した思惟の像はやはり、その

ままのお姿でした。私は随分変わりましたが。

一時間位本堂にお邪魔しました。出来ること

ならずっとこの場にいたいと心から思いました

2009年9月26日 (土)

亀井勝一郎の潔さはどこから

 奈良で開催されたインターハイに行った時、ふと

行った施設のポスターで、気にしていた方の

講演会が9月の下旬にある事を知ってから、なんと

仕事の都合をつけて、もう一度奈良に行きたいと

思っておりました。

せっかく奈良に行くのだから、前回は行けなかった

古寺に参拝したいと思いました。

そのために真っ先に浮かんだのが、亀井勝一郎

の「大和古寺風物誌」でした。かつて愛読していた、

旺文社版の本が見つからないので、新潮文庫の

ものを購入し、さっそく読み始めました。

奈良に行くまでには簡単に読み終えると思って

いました。しかし最初の斑鳩宮の部分から、

全くその先に進めなくなってしまいました。

「僕は仏像の疎開には反対を表明した。・・・

天平の東大寺は・・・大仏も観音も弥勒も劫火に

身を投じた。これが仏の運命というものではなか

ろうか。何を惜しむ必要があろう。」

今まで何度も読んでいたのに、全く気にならな

かったこの部分が、久しぶりに深く考える機会を

与えてくれました。

ついに数時間後には新幹線に乗らなければなら

ないのに、どのお寺を参拝したらいいのか?

中宮寺、興福寺、浄瑠璃寺はずっと前から決めて

いましたから、時間の許す限り奈良に浸りたいと

思います。

2009年8月26日 (水)

親指のマリア

 四谷の聖イグナチオ教会内にある売店に行きま

した。

ずっと手に入れたかったものが見付かった後、店内

の商品を、いや商品なんて言ったらいけませんね。

聖なる品々をとりとめもなく眺めていると、突然

「親指のマリア」という文字が目に入りました。

ゆっくりとその画の入った袋を引き出すと、親指の

マリア様が現れました。しかし私の知っている

「親指のマリア」とは違うのです。

高校生の頃、国立博物館でお会いした「親指

マリア」は左側からの向きですから、聖衣から左手

の親指が覗いているのです。

しかし、今、お会いした「親指のマリア」は右側から

向きですので、右手の親指が覗いています。

大学受験の時、キリスト教徒でもないのに、国立

博物館の会報にあった親指のマリアの写真を、胸に

抱いて試験問題に取り組んだ事を思い出しました。

昨年、国立博物館に親指のマリア様が現れたの

ですね。

私は知りませんでした。残念でなりません。

http://laudate.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/post-272d.html

2009年6月13日 (土)

なぜ殴り合うの? なぜ蹴リ合うの?

 12日後楽園ホールでスクエアー・アップキック

ボクシング道場主催の試合観戦に行きました。

近くの中央大学での用事を済ませてから、まだ時間

があったので、隣接する東京都戦没者霊苑に寄り

ました。近くの遊園地のジェットコースターから聞こ

てくる、叫び声が時々聞こえる以外、全くの静寂

支配する空間でした。

遺品展示室の中は、何か霊的な香りがする気体で

満たされていました。

ここに存在する遺品の数々は、今は確かに遺品

かも知れません。しかし当時は遺品でも何でもない

日用品の数々。また相手を殺傷する為の武器、

身を守る為の品々でした。すべてが生きていて、

すべてが必要とされ活用されていました。

しかし、今、目の前にある品々は活動も、時間も

止められ、止められたが故に、当時の日常の重さ

拝観する者に静かに語ります。

これらの品々を所有されておられた方々のお陰で

今があるのだと真に思います。

 すべての試合が壮絶でした。

殴り合い、蹴り合い、相手を倒したり、倒されたり。

よろよろになり、何度倒されても、立ち上がる。

また、これでもかと執拗に殴り、蹴る。

スポーツだからですか?

でも一体、何のために?

お金の為ですか? 名誉の為ですか?

それとも、かっこ付けの為ですか? ・・・・・・・?

そんなのの為に,あれほど痛いおもいはしない

ですよね、

では、一体何の為に、殴ったり、殴られたり、

蹴ったり、蹴られたりするのでしょうか?

2009年5月12日 (火)

スズランの花が咲かない

 昨年はたくさん花を咲かせてくれたスズランが、

2株さいただけで、後は全く咲きません。花芽すら

出てきません。

(その2株は家族の者が切り花にしてしまい花瓶に

あります。)

 昨年は、白い可憐な花が一度は枯れた後、天の

を吸って透明で神秘的な花を、今年も楽しみにし

いたのに。残念です。 

昨年と同じではいけないのですね

何かが足りなかった、いけなかったのでしょう。

毎年同じようでもすべては変化しているのですね。

一年のサイクルを意識したり利用する時、過去の

経験をどうしても参考にしてしまいます。

去年と同じにしておけばいいだろう、いや同じ

なら大丈夫だろうという、消極的な安心や自信

が間違っていました。

時の流れの中で、同じ事、状況など全くありません

過去の経験はただ参考にするしかないのです。

農家の方が、毎年米などの農作物を同じように

生産する。同じ事を繰り返すその裏には、同じ

結果を出すために、全く違う事をしないと

いけない時もあるのでしょう。

来年はたくさん咲かせるために、いろいろ研究

します。

昨年の5月11日の「透明になる時」という私の

ブログに透明なスズランの写真があります。

2009年5月10日 (日)

ごめんね、トカゲ君

 ジョウロの中でトカゲが水死していました。

出勤前に、植木鉢の草木に水をあげる時、朝の時間

を少しでも取るために、夜のうちにジョウロに水を入

れて置くようにしてから、3日目のことでした。

プラスチック製のジョウロの内側ははツルツルして、

逃げられなかったのでしょう。

2週間ほど前に、そのジョウロのあった全く同じ

場所にプラスチック製のバケツがありました。中に

鉢植えの植え替えをした残りの土が少し入って

いました。朝ふと見ると、トカゲが入っていました。

バケツから這い出ようとして、一生懸命前脚と

後脚を動かしては休み、休んでは動かしていまし

た。

私はすぐにバケツを横にして逃がしてあげました。

トカゲはすぐに草むらの中に消えていきました。

水死したトカゲはそのトカゲです。

小動物にとってプラスチックは天敵だという事は、

バケツの件でわかっていたはずなのに。

夜のうちにジョウロに水を張って置くなんて。

喉が渇いて、水の匂いに誘われてきたトカゲに

罠を仕掛けるのと同じ事をしてしまいました。

ごめんなさい、トカゲ君。

ジョウロでトカゲを水死させてしまった私の心は

雨露の如く濡れています。

 ・・・ジョウロは如雨露とも書くのですね。

2009年5月 3日 (日)

アルコール肯定社会とアルコール否定社会

 ご主人がイスラム教徒の為、イスラム教に入信さ

た日本人の方と話をしていて気付いた事が二つ

あります。

それは、まずイスラムの人はアルコールを飲む事を

厳しく否定していると言うことです。以前から、イスラ

ムの社会ではアルコールを飲む事と豚肉を食べる

は禁止されていると言うことを聞いてはいました

が、実際にイスラム教徒の方から話を聞くと、その

合理性に納得してしまいます。日本における、飲酒

運転やアルコール依存症など、イスラムの社会では

皆無なのでしょう。

仏教でも五戒(十戒)の中に不飲酒とあるように、本

来はを否定していました。しかし、いつの間にか、

許されるうになってしまいました。もっとも今でも、

しっり守っいる仏教徒の方もたくさんいます。

また、十戒では否定されていない、キリスト教でも、

飲酒を一切禁止している戒律の厳しい宗派も、カト

リック、プロテスタント問わず存在します。

もっとも、最後の晩餐では、パンを肉体ぶどう酒を

血とキリスト自身が示しているのですから、キリスト

教では本来、飲酒は否定されてはいないのでしょう

ね。また、

伝道の書9章7節「楽しき心をもて汝の酒を飲め」

詩篇104章15節「人の心を歓ばしむる葡萄酒」

とあるように否定どころか、肯定しているような

気がします。

2009年4月26日 (日)

歯科医師国家試験と議員世襲制限

 先日、歯科医をしている中学生時代の友人と会い

ました。彼と話していて、最近は歯科医師国家試験

の合格者数を厚労省が決定してしまっていると聞か

れました。

国家試験は資格試験のはずなのに、いつの間にか

選抜試験になっていたのです。

私の知る限り、国家試験において合格者数を予め

決定しているのは、歯科国家試験だけだと思います

2025年までに合格者は50%にまで絞り込まれる

ということです。問題を難しくして絞り込むのと、

合格者数を決めて絞り込むのとでは、全く意味が

違います。

憲法の職業選択の自由に抵触していそうな気がし

ますし、歯学部に進学するする人は減少し、レベル

の低下が予想されます。

そういえば、最近議員の世襲制限なんて、叫ばれて

いますが、何か似ているような発想が根底にありそ

です。

歌舞伎や能等の伝統芸能から商店いやいや、

警察官など親の職業を尊敬して継ぎたいという

尊い志にも制限を与えてしまうのでしょうか。

 自由よりも規制や制限が必要な所に、自由や

放任をしてしまい、規制や制限をしてはならな

い所に規制や制限をしてしまう。

無分別な国になってしまいました。

和菓子 林家さん

 先日、中学生時代の友人の娘さんが、美大を受験

すると聞いてたので、いろいろな意味で受験の役に

立つと思い、松井冬子さんの画集を届けに行きまし

た。彼の家の近くに「林家」という和菓子屋さんがあ

ります。かつて私が高校生の時、定期と財布を忘れ

てしまい、駅から自宅の方へあわてて戻って走って

いると、林家さんが開店の準備をしていました。

私は遅刻してしまうので、必死でした。

面識もないのに、「定期と財布を忘れてしまいまし

た。電話貸して頂けませんか?」

とお願いしました。すると、店員さんはレジを開け

て、千円を差し出したのです。知りもしない高校生

の私に千円を渡して下さったにです。当時の千円

ですから、現在の二千円?三千円位でしょうか?

そのお陰で私は皆勤賞を得る事が出来ました。

その林家さんに、何十年かぶり位に行きました。

あの店員さんはいらっしゃるかな?と思いつつ

店内に入ると、あの時と同じような、素敵な笑顔

で現れました。注文をして、包装している間に、

つい高校生の時、お金をお借りした事を話

。すると、「そんな事もありましたかねえ。」と

やはり、あの素敵笑顔で答えられました。

困っている時に、助けてもらえた恩は何年

経っても忘れないものです。また、このような

体験をすると、今度は自分が助ける立場に

なった時に、自然と行えるようになると思い

ます。

林家さんは、JR平井駅の近くにあります。

店員さんのあの素敵な笑顔と接客は最高です。

2009年4月 9日 (木)

迷子の女の子

 昨日お店でこんな事がありました。

「2歳くらいの女の子見かけませんでしたか」と声を

かけられました。よく来店される方です。

私と手の空いた社員は店内をくまなく捜しましたが

見当たりません。店の外では丁度仕事帰りの方達も

異変に気付き一緒に探し始めました。私は店の

防犯カメラを確認しに事務所に行くと、既に店長が

再生していました。するとすぐに2歳位の女の子

は、母親と一緒に入店してからすぐに、店を出て

道路を右の方に行った事が確認できました。

私はすぐに母親と一緒にその方向へ向かいまし

た。聞いたところ、家の方向だそうです。

母親は取り乱し、泣き始めていました。

私の店のすぐ近くにAというライバルのドラッグ

ストアーがあります。母親と私は同時にまず

足が向かいました。二手に分かれて捜している

と、「いました!」と声が聞こえました。

女の子はかわいらしい顔をしてキョトンとしてい

ました。母親はまるでドラマのように抱きしめて

いました。すると丁度その店の店長が台車を

押しながらこちらの方を見ました。

私は「こちらの店でいなくなった子がここに

いました。」と言いました。すると彼はニコット

笑いながらうなづきました。一瞬にすべてを

了解してくれました。その時私は白衣のまま

でした。ライバル店に自店の白衣のまま入り

込むなんて、考えられないことですよね。

でも、無事に見付かってよかったです。

そういえば、昼間店長と、たまにはA店の価格

調査しないといけないね、なんて話していたその

日に私が堂々と白衣のまま行く事になるなんて、

不思議です。

普段私が行くと「ネズミが来た。」なんて言われる

位チェックが厳しい店なのですがね。

2009年3月18日 (水)

今でも敵ですか?

 オバマ大統領の就任演説をテレビで見ていた時、

一瞬ドキッとしました。

それは”enemy”という語が演説の後半に飛び出

してきた時です。

The enemy was advancing.

演説の後ろから10番目の文です。

独立戦争の頃の話ですから、敵というのは、

少し前までは祖国の同胞、彼らはアメリカの独立

を阻止しようとしたので敵。

では、その敵は今でも敵ですか?

かつて、アメリカと日本が戦争をしていた時、

日本はアメリカの敵でした。

アメリカは日本の敵でした。

では、今でも敵ですか?

敵も味方もないない、渾然一体とした、幽玄なる

なんだか訳もわからない曖昧な世界も、なかなか

いいと思うのですが。

そう、敵も味方もない世界は最高に素敵でしょう

に。

そういえば、ラグビーでは試合後ノーサイドとなり、

敵も味方もなくなってしまいますね。

演説の最後の2文。

God bless you. And God bless 

the United States of America.

やはり、このGodは,キリスト教の神様なので

しょうね

この神様はyouだけを、そしてアメリカだけを

lessするのでしょうか?

2009年3月13日 (金)

2のn乗の祖先

 オギャーと赤ちゃんが生まれるには、2人の

親からの遺伝子が必要ですね。

その親にもそれぞれ二人の親がいます。

もし、人が子を出産する年齢を25歳とすると、

一人の人が生まれる時まず2人、25年前

に4人、75年前に8人、100年前に16人の

人間が存在していなければなりません。

200年前には、ええと、16×16で256人。

2のn乗のnを100年間で4とすればいいです

よね。1000年ではn=40となります。

簡単には計算できないです。たった一人の

人間にはものすごい人数の祖先がいるのです。

先の戦争、日露、日清を経験し、江戸の何度

もの飢饉にもめげず、平安時代の疫病も跳ね

返し、・・・・と様々な困難をものすごいパワーで

生き延びてきた祖先の方々に頭が下がります。

末広がりという言葉がありますが、その反対に

祖先広がりなんて言葉があってもいいですね。

2009年2月13日 (金)

はだいろはさべつご?

さいきんはだいろが、さべつごにぶんるいされてい

ことをしりました。

げんざいえんぴつめーかーは、うすだいだい、

らいとおれんじ、ぺーるおれんじなどとよんでいま

す。

いいままでずっと、はだいろだったいろがべつの

めいしょうでよばれるのにはものすごいいわかん

あります。にほんごで「はだいろ」というのなら、

にほんごをつかうひとたちのはだのいろなのだから、

もんだいないようなきがしますが。

skin color ですとえいごをつかうひとたちのはだ

いろはまちまちですからたしかにもんだいがある

しょう。

もしかしたらいしきすることじたいがさべつなの

かもしれません。

しろでも、くろでも、おうしょくでもなんでもいいの

に。

「flesh color」でもふかくかんがえると

もんだいがありそうですね。

漢字を使わないととてもわかりにくいですね。

でも最近、埼玉県のさいたま市のように、なぜか

平仮名の地名が多く使われるようになりました。

言葉はただ翻訳したり、言い換えたがけでは

決して伝えられないものがあります。

色は人によって決して同じ色ではないはず

です。視力と同じように、若い頃と年齢を重ねた

時とでは見え方は違うはずです。

ただ気付かないだけだと思います。

2009年2月12日 (木)

数字万能主義

 科学主義と資本主義が一番大切にしている概念は

何だと思いますか。

私は数字だと思います。

自然科学ではデータの蓄積とそれに対する考察から

法則が導かれたり、証明されます。データの究極に

は数字が存在します。

また、資本主義の究極はお金、やはり数字なのです。

数字の存在意義は、他と比較することにあります。

現代社会は科学主義と資本主義が、他と比較する

ことに力を入れすぎているような気がします。

それによる混乱、問題、不況、犯罪・・・が起こって

いるような気がします。

一体何のために、刻々相場を変動させているの

しょうか。比較から絶対が生まれるのでしょうか。

比較からは、比較的存在しか生まれないような

気がします。

相対的にではなく、絶対的に物事を考えなければ

ならない時が来ていると思います。

偏差値は絶対的な存在を、相対的存在に置き換

えてしまうただの統計上の数字です。

株価も定価も特売価格も、そう年収も・・・・・

数字教の信者や比較教の信者ばかりの世の中に

誰がしたのでしょうか。

2009年1月31日 (土)

100年に一度とは

 最近100年に一度の世界同時不況という,

「100年に一度」という表現を耳にします。

では、この100年に一度とはどのような意味で

使用されているのでしょうか。

私は次のように考えてみました。

1.数字通り100年に一度、人の寿命から考え

  て、人が生きているうちに経験するかしない

  か、もし経験したとしても、普通は一度。

2.100年をとても珍しいという意味で、滅多に

  ないという位の意味で。

この二つの意味は、似ているようですが実は

全く違います。

1の文字通りに100年に一度では、周期的と

いう意味が含まれます。もし経済の専門家が

この意味で使うのなら、なぜ周期的な現象を

予測出来なかったのかと言われても仕方ない

でしょう。

1929年の株のウォール街で株の大暴落の事が

伏線にあり使っているのでしょうが・・・。

2の意味なら使用する人によって、かなり振幅が

広くなると思います。

今回の世界不況がアメリカ発と言われています。

アメリカは100年に一度、世界を混乱させる国

なのでしょう。

100年後に、また世界不況の原因となる何かを

やってしまうのでしょうか?

2009年1月30日 (金)

開拓使官有物払下げ事件

 1881年(明治14年)に北海道開拓使長官の

黒田清隆が開拓使事業を部下の官吏を退職

させ、官有の施設等を極めて安い価格で

下げる事を決定した。

このことが様々な方面から批判を浴び、

払い下げは中止となりました。

1400万円投資されたものを38万円しかも

無利息30年賦というのだから世論も厳しく

追求し始め、明治14年の政変を引き起こす事

になりました。

昨今の「かんぽの宿」問題と似ていませんか?

開拓使官有物払下げ事件については

いろいろな解釈があります。

1400万という投資額の算定が何を基準

にされているのか?

黒田は北海道開発を心から成功させたかった

からこのような手段を選ぼうとした。

等の黒田を擁護する歴史家は少なくありま

せん。

2009年1月15日 (木)

ホタテ貝の中から出てきたものは・・・

仕事の帰りにいつも立ち寄るスーパーに、貝殻

付きのホタテがありました。半額のシールにつら

れて買ってしまいました。家に帰ってからさっそく

口に入れると、ガチリと何かが歯に当たりました。

貝殻かと思ってすぐに出しました。何も見当たら

ないので、そのまま食事を続けました。

食事が終わってから、やはり何があったか気に

なったので、先ほど歯に当たったものを、指で

よく探ってみました。すると仁丹と同じ位の大きさ

の白い球体が出てきました。

何だと思いますか?

それは真珠なのです。とても小さいのですが、

間違いなく真珠なのです。

新年早々何かうれしくなってしまいました。

今年は何かいいことがあるのでしょうか?

それにしても歯が折れなくてよかったです。

2009年1月 6日 (火)

2009年年賀状解説

 前回の年賀状の詩はどのように解釈されま

したか?

では私の言いたかったことです。

何条かの星たち・・・星条旗ですから、アメリカ。

三日月・・・イスラムの世界

日輪・・・日本

アフリカの双子星・・・オバマさん

東方・・・東に輝けば長く

西方・・・西に輝けば短い

歴史は繰り返さなくていい・・・リンカーンや

ケネディに似ていると言われていますから、

心配です。

最近万葉集を読んでいます。

もっと早くから読み始めていればよかった

と思っています。一日一首読んでも、

4516日(12年と4ヶ月以上)かかって

しまいます。

松蔭神社に行くと、このような歌を詠みたく

なってしまいます。

2009年1月 4日 (日)

2009年年賀状

新年明けましておめでとうございます

今年は昨年の経験を糧にさらに

パワーアップします。

今年も宜しくお願い致します。

 

 何条かの星たちが     

 三日月と戯れている    

 日輪はただおろおろし    

 アフリカの双子星は

   東方?         

   西方?         

 いずこに輝く         

 歴史は繰り返さなくていい

 進歩より 退歩が       

 進化より 退化が      

   そして          

 勝利よりも敗北が         

 時には正しい事もある      

 歴史よ 繰り返すな                  

 決して 繰り返すな 

  新 年乃始乃 波都波流能

   家布敷流由伎能

   伊夜之家餘其騰

 

   新しき年の始めの初春の

   今日降る雪の

   いや重け吉事 (万葉集)

       

   身も心 やまとのくにに捧げたし 

     松の木陰に 独り佇み 

      (昨年の暮れ松蔭神社にて)

      

                  

 

2008年12月27日 (土)

今年のキーワードは 女性

 今年私に大きく作用し、考え方、生き方、現実の

方向を示し、導いて下さった方々は女性がほとんど

でした。

カノン・・・・・・毎日聴いています

澤地久枝・・・日本人の良心

松井冬子・・・未だに2冊の

画集を開けません。

重いです。まだ気力と体力が足りま

せん。

悲母観音・・・さすがです。

中村恭子・・・進むことへの力と勇気を。

夢に現れた老婆・・・???

心配して連絡をくれた中学時代の同級生

                   ありがとう。

供述調書を作成した検察官・・・鋭い分析力と

         粘り強さ、普遍性。

法廷検察官・・・・・・凛とした強さ、正義心の塊

そして裁判官も・・・不動の精神・目隠しをして

            天秤を持つ女神

会社の総務で労災の書類作成を指導して

下さったTさん・・・・・煩雑な書類作成をわかり

易く指導、また提出期限をはるかに遅れても

労基署に提出して下さった・・優なる心の持ち主                     

一方、男性は小田実(実際は昨年),筑紫哲也、

加藤周一尊敬していた男性は・・・・・悲しいです。

そういえば、10年位前に夢で、加藤周一さん

に会いました。

暗い感じのする建物、多分上野の国立博物館から

出て来られた時、すれ違いました。

その時、あの鋭い眼光でじろっと、にらまれました。

2008年12月26日 (金)

オバマさんは黒人でも白人でもない?

 ケニア人の父とカンザス州出身の白人

である母から生まれたオバマさんは黒人?

それとも白人?どちらでもないからハーフ?

 かつて、アメリカでは「一滴主義・一滴の原則」

(one drop rule)というのがありました。

それは、「少しでも黒人の血が混ざっていれば、

黒人である。」という考え方です。

それに対して、1967年の最高裁は、

「一滴主義」を違憲と判決を出しています。

とすると、やはりオバマさんは黒人ではない

のでしょうか?

○○人という表現には、1.国籍を表す場合と

2。人種を表す場合があると思います。

1の国籍としての表現はとりあえず必要でしょう。

しかし2の人種を表す表現は今後必要なくなる

のでしょうか。

現存する最古のアウストラロピテクスの

「ルーシー」も、「ミトコンドリア・イヴ」も

アフリカ出身です、今の人類はみんな

アフリカ人を祖先に持つといえるのですから。

みんなみんなアフリカ人。

2008年10月30日 (木)

年次改革要望書 その1

 26日夜のニュース番組「サキヨミ」ので、ノンフィ

クション作家の関岡英之氏が「日本近未来

の予言書」と紹介されていた「年次改革要望書」

の特集がありました。

その存在は何と、元官房長官の野中広務氏で

すら「私たちも不勉強でね、それを知ったのは

郵政問題が少し問題になってきた頃に、一部の

優秀な政治家は知ってたんでしょうけれど、私

たちに報告されたわけでもなく、見せられたこと

もない。」

もちろん私なんかこの番組を見るまで、そのよう

なアメリカ政府から、日本政府に対して毎年突き

つけられている要望書あったなんて。また実際に

日本を改革、変更、堕落させてしまうシナリオが

あったなんて全く知りませんでした。

自民党だけでなく、日本もぶっ壊れてしまいそう。

私たち知らない事、知らされていない事、本当に

たくさんありますね。

嗚呼、今三島由紀夫が生きていたらと思うと

涙が流れます。

野中広務・澤地久枝両氏が今の私の心の

中心です。

30日、NHK総合10時5分より、知るを楽しむ 

人生の生き方で澤地さんの4回目の放送が

あります。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B4%E6%AC%A1%E6%94%B9%E9%9D%A9%E8%A6%81%E6%9C%9B%E6%9B%B8

2008年10月10日 (金)

イチモンジセセリとの交流 その2

 さっそく砂糖水を作ろうと思ったのですが、それ

よりハチミツガあった事を思い出しました。

少し捜すと見つかりました。内灘のアカシヤから

採れたハチミツです。冬の日本海から吹き付ける

するどい痛みを伴った風に鍛えられたアカシヤ

から採れるハチミツは驚くほど優しい味がします。

淡なる甘さです。なんにも要りません。ただその

まま舐めるだけでいいのです。

長女が内灘に住んでいた時に買った最後の

一瓶がありました。キッチンペーパーに少し水

付けてから、ハチミツを塗ってガラスビンを逆さ

にし、その中にイチモンジセセリを入れました。

するとすぐにハチミツを吸い始めました。

翌日ビンのまま玄関に出して、何枚か写真を

撮ってから、逆さにしたビンを外しました。しかし

イチモンジセセリはなかなか飛んでいきません。

私は飛び立つのを促そうとして、指をそっと前

から当てました。すると普通なら、さっと飛び

立つのですが、飛び立たないで、指の上に乗っ

てきたのです。しかも向きを変えて私の方をじっと

見つめているのです。それは本当に不思議な

感覚でした。

私もじっと見つめました。

私は左手で何枚か写真を撮りました。

写りを確認したらピントが合っていませんでした。

よし今度はピントと合わせて、シャッターを押そう

とした瞬間、イチモンジセセリはどこかに飛んで

いってしまいました。

イチモンジセセリとの交流  その1

 仕事の帰りに、いつも立ち寄るスーパーがあり

ます。深夜0時まで営業しているのでたいてい

間に合います。その日は何品目かかごに入れて

一度レジに並んだのですが、なぜか無性にチーズ

食べたくなり、乳製品売り場に行きました。

するとチーズの棚に一羽の蛾が羽を閉じて横

なっていました。よく見るとそれはイチモンジセセ

リでした。こんな寒い所で死んじゃってかわい

そうに。

私は買い物が済んだら、お店の前の花壇の花の

上に置いてあげようと思い、手の平で包むように

軽く握り、チーズを選んでからレジに向かいました。

レジで財布を出そうとして、手を少し開いた途端に

イチモンジセセリは羽を忙しそうに動かして、真っ

直ぐに野菜の冷蔵庫の中に入ってしまいました。

私の手の温かさで生き返ったんだ。でもまた冷蔵

庫ではまずい。 精算が済んだかごをそのままに

して蝶の飛んでいった場所に行き、ピーマンの中

からまた助け出しました。今度はちゃんと袋に入

れました。店を出て離そうと思ったのですが、また

店の光につられて、店内に入ってしまったら、同じ

事になってしまうと思い、家の近くで離す事にし

ました。家に戻った時、このまま離すより、せっか

くだから一晩ゆっくそう、蜂蜜をあげて体力を回復

させてあげる事にしました。

2008年9月27日 (土)

ビールかけ

 今日(26日金曜日)夜帰宅後テレビでニュース

を見ていると、西武の優勝が決まり、お決まりの

ビールかけをしていました。

ビールは本来飲むものですよね。もったいないと

思わないのでしょうかね。

ビール工場で一生懸命にビールを製造している

方々はどんな気持ちなのでしょうかね。

自分の作ったビールが飲まれずに、ぶちまけ

られてしまう事を悲しく思うのでしょうか。

それとも、自分の会社名のビール瓶がテレビ

に登場するのがうれしいのでしょうか。

そのうちに優勝してもビールかけをしない球団

は現れないでしょうかね。

私はただそれだけで、ファンになります。

ドジャースも優勝してシャンパンファイトなる

ものをしていました。

アメリカ人にはもったいないという言葉は

辞書にはないのでしょうか。

もっとも今の日本にもその言葉は死語に

なっていますね。

2008年8月15日 (金)

ペットロス その4

 昨年の秋に拾った草(ナスタチウム)がどんどん

育ち、きれいな花を咲かせました。

(このブログの昨年11月頃の記事に

書いてあります。)

元気いっぱいで、知人に株分けできるほどにまで

育っていました。

ところが、葉が落ち始め、根が腐りついに、

枯れてしまいました。

最近少し元気がないので、水耕栽培から、土に

植え替えたりもしました。それでも元気がでない

ので、もう一度水に戻しました。

今考えると、暑さが原因だったのです。日中

水温は35度以上になっていたのでしょう。

もっと涼しいところに移動してあげるべきでした。

そんな事のも気付かないで、本当にかわいそうな

事をしてしまいました。

ペットImg_2449Img_2530Img_2458Img_2497スとプラントロスかな 。

Img_4093_2

2008年8月14日 (木)

ペットロス その3

 私は出勤する前に、キャベツの葉をいつも1枚

ウサギに与えていました。ケージの前に行くと

必ず立ち上がって、キャベツを待っているのです。

キャベツを口にすると、バリバリ、ムシャムシャ

食べるのです。

家にはキャベツのない日はありませんでした。

2匹目のウサギさんの最期の日は、私がいつもの

ようにキャベツをあげようとしたところ、立ち上がり

ませんでした。口元にキャベツを持っていっても、

チラッと見ただけで、そのまま伏せているだけ

でした。

先に亡くなったウサギさんの後を追うように、

やはり一番世話をしていた、先に亡くなった

ウサギの飼い主の上の娘がたまたま家にいる

時に、静かに亡くなったそうです。

キャベツを食べる時はとても元気だったのに。

10年間も一緒に生活していた仲間がいなくなって

しまったからでしょうか。

ペットロス その2

 最初に亡くなったウサギさんはケージの掃除中

に花壇から道路に飛び降りた時に後ろ脚を骨折

してしまいました。

近所の獣医さんではウサギの治療が出来ない

ので、飼い主の娘は隣の市まで電車で何回も

連れて行きました。

歳をとっているので手術は出来ず、ギブスで

固定する事しか出来ませんでした。

次第に食欲がなくなっていきました。

最期の日は飼い主が丁度家にいる時にやって

きました。

「ウサギって鳴くんだね、10年も飼っていて、

初めて聞いたよ。」亡くなる1時間ほど前に

声をあげたそうです。

脚を折ってからは段ボールに入れて、寝る時は

自分の布団のそばに置いて介抱していました。

きっと一番かわいがってくれていた人に、最後の

力を振り絞って、別れの挨拶をしたのでしょう。

私は「人とウサギ」のかかわりと言うよりも、

命と命のかかわり、やりとり。その命には

上下も、区別も何ら相違はありません。

単なる機械論や現代科学ではとらえる事の出来

ない命の不思議さを感じます。

2008年8月13日 (水)

ペットロス

  ペットロスという言葉があるのは知っていました。

昨年の秋には熱帯魚が、そして年末には飼い始

めて10年目になったウサギが、そして年を越して

からその兄弟の相棒が後を追いました。

悲しいことは続きます。

最近やはりウサギさんと同じ時に家にやって

きた愛犬のシリウスが亡くなりました。

ウサギさんとシリウスは子供達が小学生の時、

「剣道の大会で優勝したら○○を買います。」

という約束をしました。

私は大きな大会なので、二人とも優勝なんて

出来るはずないと思っていました。

ところが、二人ともどんどん勝ち残り、

なんと二人とも優勝してしまったのです。

そしてその○○には、上の子はウサギ、

下の子は犬と書き込みましたした。

シリウスの火葬の日、家族6人が集まりました。

6人が揃うのは久しぶりです。

火葬される前に、花に囲まれたシリウスを囲み、

葬儀場の方に「この子は子供達がピンチの時

いつも救ってくれたのです。」と話している途中で

私は思わず泣いてしまいました。

その後は言葉になりませんでした。

今でも、帰宅して、家の中でカサット音がする

と、シリウスがこちらにやってきて、「今帰ったの」

と語りかけてくるような気がしてなりません。

2008年7月29日 (火)

この国がこの国であるために

「この国がこの国であるために」というという

フレーズが頭に中に棲息し始めてしまいました。

すると、「国とは何か

国、国とよく口にしますが、そもそも国とは

一体何なのでしょうか。

国土ですか、国民ですか、政府ですか、天皇家

ですか。国体?

この国のゆくえと、自分のゆくえを一緒に

考えるのか、それとも別々に考えるか。

今私達は

  何をしてはいけないのか?

  何をしてよいのか?

  そして

  何をなすべきか?

 「この国が」の、この国は現在のこの国。

 「この国で」の、この国は理想の国の事。

2008年6月11日 (水)

五輪書

 今私の手許に一冊の本があります。岩波文庫「五

書」です。

1973.12.19にお茶の水駅のすぐ近くの古本屋

さんで買いました。発行は昭和17年1月15日、

定價二十銭。戦時中に発行された初版本でした。

購入した本屋さんではないシール、銀座 三栄堂

とありますからこの本は何人かの持ち主の手から

手へと移っていったのでしょう。戦時中であるため

に、紙の質も悪く、日に焼けていて茶色くなってい

ます。

新しい版が出版されていますが、どうしてもこち

ら方が馴染んでいて読みやすいです。

宮本武蔵は兵法の道としてこの本を書きました。

武蔵研究は五輪書に始まり、五輪書に終わると

いえると思います。

剣道をやっている者なら小学生でも必読書だと

思います。剣の持ち方から目の据え方等の技術

的なことから、日々の鍛錬の仕方、気の持ち方に

至るまで、人生を送るにあたってたくさんの役に

立つことが書かれています。

 「五輪書」は地、水、火、風、空の五つ巻きに分

けられていて、何と空の巻きで、兵法は正義実現

のための手段であると述べています。

 現代のように技術・物質中心の時代にこそ、

心や精神に目を向けなくてはならないと思います。

今こそ古来の日本が持っていた精神文化を蘇ら

せる時ではないでしょうか。

大和心よ今蘇れ!

 

2008年5月25日 (日)

さすがNHK 今日の新日曜美術館

 今朝のNHK新日曜美術館は、アナウンサーの

黒沢保裕さんと壇ふみさんがゲストと美術品に関

してその紹介と解説をするという通常のものとは

全く違いました。

 二人は番組の最初に少しだけ辺見さんとジャコ

メッリについて話しただけで、その後は一切登場

しませんでした。

作家の辺見庸さんが、ただジャコメッリの作品に

ついて、映像を交えて、淡々と語っただけでした

しかしその話の質の高いこと、またジャコメッリ

の作品の凄まじさはもちろんです。

それに加えてNHKの編集技術、辺見さんの語

っている内容を絶妙なテロップにしたり、その場面

場面の内容にぴったりの音楽。ピアノ、ギター、

シンセサイザー、バイオリン、太鼓そして時に沈黙。

「こんな事言うとどうせカットされると思うけど、

テレビで画見るなんて愚の骨頂だと思うわけ・・・

ジャコメッリの作品がテレビで流されるのは心配。」

と語っている時の画面はドキュメンタリーのように

臨場感を出したり、モニター2台画面に映し、

一方にはオリジナルテープを示す、100分の1秒

まで表示されている時計が忙しく動いていました。

それは一切カットはしていませんよと私達に証明

して見せている。

この番組編集におけるテクニック、またそれを

支える知的レベルの高さ、さすがNHKと思いま

した。

 ジャコメッリ、辺見庸それにNHKの三者の

精神性の高さが見事に合致した見事な番組

です。

深く深く考えさせられました。

雨が降っている日曜日の朝、最高のひととき

を与えてもらいました。

今夜20時から再放送があります。

是非ご覧になって下さい。

2008年5月22日 (木)

空海 「秘蔵宝鑰」

 10年ほど前の新聞を整理していて、必要として

切り抜いた記事の裏に、空海の書の色紙の写しの

通信販売の広告がありました。

その書は、美しさはもちろん、現代の書道家が書い

のではないかと思えるようなモダンさとを持って

います。空海の書は今でもいや今こそ輝いてい

ます。

そしてその広告には、空海の略歴がありました。

西暦775年に生まれているのです。

奈良時代の終わりの頃ですね。

私は10年前をずいぶん古いな、昔だなと思って

いた時に、1200年以上前の空海の書を目に

して、10年なんてそんなに長い時間ではないな

と思いました。

そして、その日の夜、といっても夜中近所の書店

(午前1時まで営業している)、昼間偶然空海の

書を見て深く考えさせられていたので、

空海「秘蔵宝鑰ひぞうほうやく)」をよむ

という本が目に入った時、すぐに手にしました。

パラパラと目を通しただけで、こんなにもすごい

精神的世界を1200年も前の人間が表現して

いたなんて、すごい世界、すさまじい世界が

そこにはありました。

日本人は、人間は少しも進歩も進化も、

何にもしていないと思いました。

進歩どころか転落と堕落の道を進んでいる

と思いました。

2008年5月21日 (水)

時には母のない子のように

 今から40年ほど前に、カルメン・マキさんが歌う

「時には母のない子のように」 作詞寺山修司

という曲が大ヒットしました。1969年(昭和44年)

の紅白にも出場されました。

しんみりと歌うマキさんに日本中が恋をしました。

当時私は中学生でしたが、今でもその声や歌う

姿を覚えています。

 その頃はその詩の内容について、深く考えては

みませんでした。しかし最近色々な面から考えて

みると多くの問題を含んでいる事に気付きました。

ちょっと表現しにくいのですが、簡単にいうと、

差別的なのです。歌のタイトルから、詩の内容

そのすべてが差別的な内容がテーマとなって

しまっているのです。

当時はマキさんの催眠術にかかってしまい、

誰もそんな事は考えなかったのではない

でしょうか。

一方、この歌を聞いて、悟ったという武道家

の方もいます。きっとこの歌は何か不思議力を

持っているのでしょう。

そういえば、母の日や父の日も差別的な日だと

思います。日本には以前はなかったものです。

 本来の日本人の感性、情緒、思いやりの精神

からは決して生まれては来ないものだと思い

ます。

何も外国のまねはしなくてもいいのに。

この文章で、私は一体何を言いたいのでしょうか。

2008年5月11日 (日)

透明になる時

 今朝雨上がりに家の植え込みのスズランを見て

驚きました。

数日前に花は枯れ始め、スズラン特有の品のある

白さは失せ、鈴のふくらみはなくなっていました。

なんと、そのスズランの花が透明になって復活

しているのです。

Img_34141

 

例年花が終わるこの頃は晴天が続き花は一気に

枯れてしまいます。

しかし、昨日から今朝にかけての雨と寒さによって

でしょうか。

天のもたらす命の水、改めてその偉大さ

に驚かされました。

3週続けて雨のため野球の試合が中止となり、

少しうんざりしていました。

でも、こんな素敵な世界を教えてくれた雨に

感謝します。

2008年5月 9日 (金)

やったね辻君

 先日、私のかつての教え子の辻君から

日経PC21のエクセルコンテストで大賞を受賞した

という連絡が入りました。

現代っ子には珍しいほど物静かな子でした。

何事にもコツコツと励んでいる姿が今でも目に

浮かびます。

 数学が好きになったのは小・中と私に習った

お陰です、だなんてうれしい事を言ってくれました。

何年も経って、このような事を言われるのは

正に教師冥利に尽きるといったところでしょうか。

しかし逆に、私に習ったために数学が嫌いに

なってしまった子もいるのではないでしょうか。

人に何かを教えるのはとても怖いです。

http://pc.nikkeibp.co.jp/article/NPC/20080325/297048/

 

2008年5月 5日 (月)

報道写真の限界

 今朝新聞を開くと、真っ先にある事件に関係した

写真が目に止まりました。

それはお花畑の中で一人の女性がしゃがみ込ん

でいるものでした。

写真の説明によると、被害者の知人が、現場で

悲しんでいる場面でした。

一体何のためにこの一枚の写真が全国紙の三面

に大きく掲載されなければならないのでしょうか。

写真は一瞬を固定してしまいます。まして新聞の

記事となってしまえば、多くの人の目にさらされ、

永久的に保存されてしまいます。

写真の方は、その写真が撮られた事を、そして

それが新聞に掲載される事をご存知なので

しょうか?

この写真は上手過ぎるのです。この写真を

撮ったカメラマンはかなりの腕前だと思います。

低いアングルで望遠レンズ使って撮っています。

私はかつてピューリッツアー賞を受賞した

一枚の写真を思い出しました。

不毛地帯で、かろうじて生きている一人の飢えた子

ハゲタカがじっと見詰めている。

非情にまでも客観的にならなければ一流の写真は

撮れないと思います。

問題はその写真をどのような形で保存し、活かすか

だと思います。

 それにしても、この一枚は悲しさを伝えるには

きれい過ぎるのです。

2008年5月 3日 (土)

3S政策から4S政策へ

 戦後日本人を堕落させるために、頭文字にSの付く

言葉を日本中に広められました。

Speed,Sex,Sportsの三つだそうです。

 鉄道や車、白内障の手術までもが速さを競い、

速いことが正しい、生産性が上がる・・・といった風潮、

考え方が日本中に充満しています。

確かに一刻一秒を争はねばならない事もあります。

しかし、すべての事でスピードを競う必要もなく、

むしろ時間をかけなければならない事がたくさん

あります。

速ければいいといった、一つの価値観、スローガン

を掲げて日本中が急いでいる。

スポーツにしても、多くの競技でプロ化が進んでし

まったため、自らが身体を動かし、楽しむといった

本来の姿から、ただ観て応援するといった第三者

的に楽しむ人が中心となってしまいました。

 三つのSはもちろん大切です。

しかし、これらといかにかかわっていくか、よくよく

考えなければならないと思います。

憲法記念日の今日、午後のテレビ番組は野球、

サッカー、ゴルフそれにサスペンスばかり。

4番目のSにSuspenseも加わりましたね。

2008年4月 8日 (火)

どこへ行ってしまった

 バブルの頃、日本中にお金があふれていたとよく

言われます。

確かに、土地の価格は2倍、5倍、・・・と上がりました。

何か日本中にお金があふれている。日本は金持ちの

国になったと思われました。

サラリーマンの給与やボーナスも上昇し続けました。

(その頃私は学習塾の教師でしたのでそんな世界

とは全く関係がありませんでした。)

でも、ある日突然、バブル崩壊が始まりました。

土地の価格は下がり、不良債権、倒産、自己破産

・・・と日本は不景気の道を転げ落ちて行きました。

 では、その頃あふれていたお金は一体どこへ

行ってしまったのでしょうか。

 1.金融機関

 2.外国

 3.国

 4.闇組織

 5.土地を上手に売り逃げした人

 etc.

まあ、バブル(泡)ですから、泡と消えてしまったの

でしょうか。

2008年4月 1日 (火)

サブリミナル効果

 10年以上前に「メディアセックス」という言葉が

メディアの話題に上ったことがあります。

ウィルソン・ブライアンキーの「メディアセックス」

という本がベストセラーになったからです。

この広告における手法はサブリミナル効果の

応用と考えられます。

サブリミナル効果は「意識出来ないような、音、光

信号を用いる事によって大衆を操ってしまう。」

広告の世界では巧妙に行われている?手法です。

現在日本のテレビ放送では独自の基準を適用

してサブリミナル効果を意図とした放送を制限

しています。

 最近以前のほとぼりが冷めたからでしょうか、

再び、ちらほら怪しげな広告を目にするように

なりました。

現在私の職場のドラッグストアーにもいくつか

あります。

デザイン会社のちょっとしたイタズラなので

しょうか。 

それは有名化粧品会社の夏物商品のポスター

ボードやパンフレットにあります。

私はそれに気付いた時、本当に目を疑いました。

今まで私はサブリミナル効果、メディアセックスに

関していつも警戒していましたが、これほど露骨

なものありません。

即刻回収すべきです。

2008年3月21日 (金)

公正取引委員会 その2

 公正という言葉が使われると、正しい、間違って

いない。だからみんな従え。独占禁止法という

錦の御旗をかざして、現場の状況、今後の経済の

動向を一切無視して、その時々の流れに従った

法解釈をして現場を混乱させてしまう。

もともと「正しい」という言葉自体、基準の

変化によってゆれています。

正義、自由といった一見、誰もがわかっている

自明のような言葉こそわからないもの。

絶対の正義などありはしないだろうし、

自由に囚われた自由は自由ではない。

しかし、現実は何らかの力で、ある方向に動いて

ゆく。正しい、正しくないなど関係なく。

現在正しい事だって、正しくなくなってしまうことも

あるでしょう。

現在正しくない事だって、ある日正しくなる事も

あるでしょう。

2008年3月19日 (水)

公正取引委員会 その1

  以前定価販売が普通に行われていた頃、

再販品といって必ず定価で販売しなければならない

商品がありました。薬局で売られている医薬品には

かなりありました。

もし少しでも安く販売すると、メーカー、問屋から

注意、指導がなされました。その後ろには、

公正取引委員会がついていました。

個人商店でも大企業のスーパーでも同じ価格で

売られていました。

時が流れて現在、定価販売など考えられない

時代となりました。

他店よりも少しでも高いと、「なんで高いのよ、○○

ではもっと安いわよ。」などと叱られてしまいます。

安いことを追求する、それが正しい。ほとんどの人が

そのように考えています。

しかし安さの追求は、小売店、問屋、流通業者、

メーカーを疲弊させてしまいます。よりよい商品

が製造、開発出来なくなってしまいます。

現在、公正取引委員会は、販売価格をメーカーが

小売店に指示するとメーカーを注意、指導します。

小売業の自由競争を妨げるからだそうです。

「定価を守らせる」から、「定価を守らせない」へと

以前と全く逆の事をやっています。

「公正」とは一体何なのでしょうか。

時代によって,そんなに簡単に変化してしまうもの

なのでしょうか ?

2008年3月14日 (金)

プレジール

私がよく行くカレー屋さんがあります。

プレジールという名前です。

初めて行った時は、雰囲気、接客のていねいさ、

味、サービス、それらのどれをとっても最高なの

です。

私はどこかチェーン店のトレーニングセンター

で、ここでトレーニングを受けてから、他の店に

配属されるのだと思いました。

 何回か行った時にこのお店の仕組みを教えて

頂きました。

だったら何かお手伝いできないかと思い、さっそく

 このお店を紹介するポスターを近くのフジマート

というスーパーの店長さんにお願いして、貼らせて

もらうことにしました。店長さんはとても親切な方で

快く承諾してくれました。

地域のみなさんでこのお店を盛り上げて

いきたいものです。

外観と店内Img_0156_2れにカレーセットです。

Img_0160

Img_0162 

 営業日    水・木・金

 営業時間  10:30~15:00

 電話     03-3878-5435

   東京都江戸川区東葛西5-12-1

行事等で臨時休日があります。

電話で確認をされた方がよいと思います。

2008年3月13日 (木)

紅茶きのこ

30年ほど前に、「紅茶きのこ」という健康食品?が

流行しました。名前の示すように、紅茶の中に

きのこが生えたものです。

大きなビンの中に入れて食器棚などに入れて

おくと、どんどん増殖します。

そして、その液体と飲むと万病に効くと言われ

どこの家庭にも一ビンはあったのではないで

しょうか。

 私は最初から水カビの一種ではないかと思って

いたので、もちろん否定的にこの流行を見ていま

した。そんなの飲んだって身体にいいわけないし、

もしかしたら発ガンの恐れもあるのではと。

 私の通っていた大学のある研究室では、人の

の大きさ位にに成長した、見事なきのこがあり

ました。その研究室の専門は薬理学でしたので、

その薬理作用について研究していました。

そのうちに実験室の棚から紅茶きのこが消えて

しまいました。

そんな頃、次第にブームが去っていきました。

健康への幻想がもたらした、ある意味恐ろしい

現象だったのではないでしょうか。

「あるある現象」とも通じていますね。

 こんな事を考えている時に、宮城まり子さんの

「淳之介さんのこと」という本を読んでいましたら、

なんと「紅茶きのこ」というタイトルの文があり

ました。宮城さんの紅茶きのことの出会い、

お付き合い、そして別れが彼女の繊細な感性で、

見事に表現されていました。

紅茶きのこについて調べていた時でしたので、

余りのタイミングのよさに驚きました。

この文を読んでいて、ホッとしました。

当時の多くの人はきっと同じような事を考えて

いたのでしょう。またおおらかな時代でした。

なかなか当時の事が残っていなかったので、

非常に助かりました。

もちろん、それ以外にも素敵な文章ばかりです。

珠玉の随筆集です。

2008年3月 8日 (土)

にせものばかりの世の中に誰がした その1

 ある料理家は自分のキッチンには一切

プラスチック製品は置いていないそうです。

テレビの映像で拝見したのですが、実に落ち着い

ていてすべての台所用品が自信を持って存在

していました。

 確かにプラスチックのざるの方が、扱いは楽です。

しかし、ざるそばをプラスチックのざるで食べる

のと、竹で編んだざるで食べるのとでは、

そばの姿から箸で触れた感触から見た目が

全く違います。もちろん味も変ってきますし、

何より風情が違います。

 最近、専門家が以前では起こすことのない

ようなミスを起こしています。

また人としてやってはいけない事といとも簡単に

してしまっています。

専門家は一般の人よりもその技能はもちろん

優れているはずです。でも最近はただその技能

だけでその人間性に欠けている専門家が増えて

いるような気がしませんか。

2008年2月22日 (金)

惜しみなく愛は奪う その2

 「惜しみなく」、「愛」、「奪う」という甘美な言葉の

単純な羅列がなぜ私達の心を奪ってしまうので

しょうか。

私はその理由を「愛」という言葉の二面性にある

と思っています。

「愛する」という行為は普通、捧げる、与える

面倒をみる・・・などのように何か一方的な行為、

感情のように考えられると思います。

しかし、愛することは与えるだけではなく、与えら

れる事でもあるのです。

例えば、赤ちゃんを慈しみ、愛し、世話をし、面倒を

みる。何か一方的なような気がしますが、赤ちゃん

のニコッと笑った微笑から、与えた以上の何か、

世話のし甲斐などの精神的達成感から、ふと気付

けば、自分自身の生き甲斐すら与えられるのでは

ないでしょうか。

愛するということは、愛されるという事でも

あるのです。

その「愛」が「奪う」と一緒に使われると、奪うに

「与える」というイメージが生じてしまい、ますます

複雑になってしまうのかもしれません。

言葉は本当に難しいです。

2008年2月21日 (木)

惜しみなく愛は奪う その1

 昨日、中国人留学生、大学院で日本語の研究、

同じ漢字でも、中国語と日本語との違いを、

私の感じでは言魂のレベルまで深く

掘り下げた研究をなさっています。

その方と言葉と人の心、そして言葉の持つ意味が

人によって違うのに、よく会話し、意思の疎通が

人は出来ますね。といった話題になりました。

その時私は、有島武郎の「惜しみなく愛は奪う」

の「奪う」は「与える」の意味を含んでいるのでは。

というような事を話したところ、非常に興味を示して

くれました。

私は次回会うまでにその本を用意しておく約束を

しました。さっそくその日書店に行き探しましたが、

見当たりません。お店の人に検索してもらった

ところ、岩波、新潮共に絶版になっていました。

私が学生の頃にはどこの本屋さんにいっても、

簡単に手に入ったのですが。活字離れで、採算

取れない書物は再販しなくなってしまったの

でしょうか。

このようにして、一流の文化が衰退していって

しまうのでしょうか。

とても悲しいことです。

悔しいので、今日は久しぶりに、惜しみなく

有島を読みましょう。

2008年1月28日 (月)

戦争映画

 昨年暮れ、靖国神社の遊就館に行き、一階の

展示室に陳列されている、人間魚雷回天に手を触

ました。今まで思っていたよりとても大きく、船体

どす黒さが異様な存在感を放っていました。

これに搭乗して散った132名の若者の命の重さを

その重厚な船体が返って空しく、哀しく私に圧し

掛かって来ました。

そんな思いが私の心に取り付いている時に、

1968年の映画「人間魚雷 ああ回天特別攻撃隊」

という映画を見ました。

私は戦争映画は嫌いでした。戦争を売り物にして

いるようで避けていました。

フランキー堺の「私は貝になりたい」と誰が主演

かは忘れましたが「ビルマの竪琴」くらいでしょうか。

見たのは。

しかし、本物の回天に実際触った後に、回天に

ついての映画のタイトルを見たからには、

見るしかありませんでした。

そして見ました。

見ていて、ああそうだったのかと思いました。

登場人物の言葉の中に、戦争反対のメッセージが

随所に散りばめられているのです。

突撃する若者の恋人、家族、友人、・・・

 その言葉の数々は映画上の事ではなく、正に

本当の事実であり、実際にに交わされた言葉

だったのです。

原作者も監督もスタッフも出演者も製作映画会社も

みんな戦争反対のために、この映画を作製したの

です。

日本にも、このような深く考えさせてくれる映画を

製作する事が出来るすばらしい時代があったの

ですね。

見ていて、途中から私は、涙、涙、涙でした。

132名に合掌しましょう。

そして、その親、兄弟、姉妹、友人、知人そして

恋人の方々に頭を下げましょう。

そして決して忘れてなりません、回天が突撃した

ために命を失ったアメリカ軍人の方々の事を。

2008年1月20日 (日)

靖国神社

    昨年の暮れに靖国神社に行きました。

通っていた中学校が近くにあったので、靖国の境内

は遊び場でした。その頃から40年も経ちました。

その時にはわからなかった事、知らなかった事、

それに最近の靖国をめぐる内外における混乱、

たくさんの事が私の中に蓄積しました。

靖国はいつも私の中にありました。Img_2677_2

その日は出かけた帰りに

知人と会いました。

九段下で乗り換える時、

知人が靖国神社に行った事

がないと言うので、行くことにしました。

境内の入り口では、南京事件の証拠写真は捏造

だと考えているグループの人たちの立て看板が

あったり、ビラ配りがされていました。

あの大鳥居をくぐると、何とフリーマーケットが

開かれていました。「何かイメージがねえ。」と

知人が言いました。私も同じ事を考えていました。

お参りを済ませてから、遊就館に行きました。

古代からの戦いの歴史が展示によって見事に

再現されています。やはり人類の歴史は、戦い、

争い、戦争が主役なのだと実感させられました。

私よりずっと若い知人は、私より丁寧に

一品一品展示品を見つめていました。

明治時代以降のコーナーに来た時、「小柄だった

のですね。」歴代幹部軍人の軍服を見ていて、

知人がつぶやきました。そう言われてみれば、

確かに軍服が小さいのです。さすがアパレル関係

の仕事をされているので、軍服のデザインから

細部に至るまで、詳しく解説してくれました。

でも、最初のひとことがとても印象的でした。

もし遊就館に行かれましたら、軍服のコーナーでは

その大きさに注目してみて下さい。

きっとその小ささに驚かされると思います。

よく中学校の教科書にある世界各国の兵隊さんが

一列に並んでいる写真では、日本人だけが

小柄ですね。写真がやはり正しいのかと再確認

させられます。 

 帰る時知人が上を向いてあれと指差しました。

飛行船が比較的低空を飛んでいました。

Img_2680

その船体には、

FLY WITH ME と

書かれていました。

2008年1月14日 (月)

すごくいい時代 その3

 人が育つ時期、特に多感な時期に、どんな音楽を

聴いたか、そしていかに感動したか。

これはとても大切な事だと思います。

どのような音楽が作曲され作詞され、流行されるか

は全く分かりません。

音楽家は、その思想、哲学、イメージ、感性を発信

します。それをその時の社会がいかに受け止める

か。無視するか、絶賛するか。その時の社会情勢

思いもよらない色々な要因が作用する事でしょう。

とにかく、人がその音楽を聴き、共感をする。

これはとてもすごい事だと思います。

その時だけではなく、10年、20年、30年・・・

きっと一生の宝物だと思います。

そんな音楽をたくさん持ちたいと思います。

すごくいい時代 その2

 何年生の時かは忘れてしまいました。

隣の大学では学生運動真っ最中でした。

定期試験中、厚着をしていましたから、後期です。

学生達は電信柱位の木の柱で校舎の扉に、

シュプレシコールを叫びながら突っ込んでいました。

何回も何回も。そんな時代でした。

やはり近くの別の大学では完全ロックアウト状態

でした。校舎入り口には椅子や机が高く積み上げ

られ、立て看板が至る所に並べられていました。

ヘルメットをかぶった学生達が常にいました。

得たいの知れない緊張感が街中にありました。

しかし、食事をするいつもの店に入ると、ポール・

モーリアが流れていました。

きっと未来がある、平安な未来がある、希望あふ

れる未来がある。

そんな事を予感させてくれる音楽でした。

すごくいい時代 その1

 最近ポール・モーリア、リチャード・クレイダーマン

等の代表作の収録されたCD全集を手に入れま

した。

聴いていると、学生時代に友人と行ったお店、

ではファミレスと言うのでしょうか。その時何を

何を話していたのかはほとんど覚えていません。

しかし、このメロディ、そうこれこれと、そして店内の

雰囲気と友人達との楽しく語り合ったという思い出

だけはよみがえってきます。

 多分話していた内容はとりとめもない事だった

でしょう。でやがて来る未来に明るい期待があり

ました。前期と後期の試験それに実習を乗り越え、

最終関門である国家試験に合格しさえすれば、

今後の人生何とかなる。

きっとみんな口にはしませんでしたが、同じような

事を考えていたのではないでしょうか。

 ポール・モーリアの音楽を聴きながら30年

以上も前の事を思い出してしまいました。

やはり素敵な音楽ですね。若い時にこのような

音楽を聴きながら育つ事が出来て本当に

よかったと思います。

2008年1月12日 (土)

ねじれ?

 「ねじれ国会」という言葉を最近よく耳にします。

マスコミでもやたらと「ねじれ」という言葉を連発

しています。

 ねじる・・・・真っ直ぐな物をひねってまげる。

     物の両端に反対方向の力を加えて回す。

 ねじれる・・よれてまがる、ひねくれる

などと辞書にあります。

物理的状況は力の変化、方向などを表し、人の

精神状態までも表しています。

ねじれ国会というと何か「ひねくれた国会」「間違った

国会」という感じがしませんか。

昨日も参院で否決された「給油継続法案」が衆院で

再可決されました。  

  57年ぶりという事ですが、法案を提出すれば、

採決をする前から結果がわかっている。

そんなのは独裁政治と同じです。

今は「ねじれ国会」ではなく「正常国会」なのです。

私は何主党がいいと言っているのではありません。

適度なバランスが必要だと言っているだけです。

それが本来の民主主義ではないでしょうか

2008年1月10日 (木)

てんそく・てんたい・てんしん

 てんそく(纏足)は、昔中国で行われていた奇習

ですね。足首から先の成長を阻害して、自由に歩け

なくしてしまうという何とも恐ろしい奇習でした。

その部分のレントゲン写真や標本が掲載されて

いるサイトもありますし、最近はいろいろな分野から

纏足について書かれた本が出版されています。

 纏足は幼少の頃、木靴に足を入れたり、

不自然に縛ったりして、行われました。

 今日の日本では、小さいうちから本来の教育とは

かけ離れた、ただの受験のための教育がされて

ます。

また、体型もモデルさんを真似して、やけに

ほっそりとした若者がおります。

将来のため詰め込み教育をする。

かっこいい?からまねする。

ある偏った考えによって洗脳されて意思決定、

行動がされているようです。

これらは纏体、纏心と思いませんか。

何も今日の日本だけではありません。

戦前・戦中の日本でも、いや現代の世界中

どこの国でも形を変えて存在していませんか。

2008年1月 8日 (火)

レモン

 あなたはレモンから何を連想しますか。

私は次の三つの事です。

 梶井基次郎の「檸檬」  1925

 高村光太郎の「レモン哀歌」  1939

 東京オリンピックハードルの依田郁子1964

です。  「檸檬」の冒頭において

「えたいの知れない不吉な塊が私の心を

終始壓(おさ)へつけていた。」と言っていた

主人公が

「私は何度もその果実を鼻に持って行って嗅い

みた。・・・・・私の身体や顔には温かい血の

ほとぼりが昇って来て何だか身内に元気が

目覚めて来たのだった。

 「レモン哀歌」では 

「その数滴の天のものなるレモンの汁は

ぱっとあなたの意識を正常にした」

 

依田選手が決勝でスタートする前、スタート台

の上に1個のレモンを置いていました。

市川崑監督はそのレモンをしっかり素敵な

映像として残しています。

依田選手を育てた「暁の超特急」吉岡陰徳氏は

東京オリンピックの前に「オリンピックに出る選手なら、

誰でも自分との闘いに心を傷つけているもの。」

と述べています。

レモンは「人の心」に対して何かしらエネルギー

を与えてくれる、癒してくれるのでしょうか。

ただ気分を爽快にしてくれるのではなく、

苦難と闘う勇気を与えてくれるのでしょうね。

 明日レモンを1個買って、机の上に置いて

みる事にしましょう。

2008年1月 2日 (水)

A→Bをどこまで信じるか その3

 A→Bという構造は「原因と結果」というテーマ

から因果関係にも関わっていると思います。

そしてこれについて考えるには、物理学者や

哲学者の考え方よりも法律学者の方がより

身近な問題からあれこれ考えているみたいです。

具体的なテーマが中心ですから、考えている

という気がしてきます。

はっきり言って物理学者や哲学者は何を言って

いるのか、言いたいのかわかりません。

自分の世界をただ述べているだけのような気が

します。まるで宗教のようです。 

 ずっと以前に読んだ藤木英雄著 「刑法講義」

の因果関係の部分を思い出しました。

因果について、わかりやすい言葉で学説や判例

の説明がなされています。

読んでいると法律書である事を忘れてしまいます。

不思議な本です。

「公害犯罪」という本は名著です。

読んでいて体が震えるほど感動しました。

 彼の早すぎる死は法曹界に、計り知れない損害と

停滞を与えたのではないでしょうか。

2007年12月21日 (金)

サラ・ブライトマン

 深夜、一通りその日に済ますべき事をやり終え

て、ヘッドホンで音楽を聴く。

今は昨日購入したサラ・ブライトマンの「エデン」

というCDを聴いています。意味などわからなくても

感動し、自然に涙が流れます。

小学生の頃、学校での体育館でたまに上映される

映画に必死に涙をこらえていたのを思い出しまし

た。

同級生の女の子が泣いているのを、「わー、泣いて

いる。」とからかっていましたが、実は自分も泣いて

いました。

人は歳を取ると、感性は鈍化すると思っていま

した。しかしそうではないようです。

わずかのお酒を口にし、平和を感じます。

とりあえずの平和。

歌詞カードを見て、同じような事を考え、想う人が

いるのだな。そしてそれをこんなにも美しい表現、

世界にして与えてくれる。

ただ感謝です。

2007年12月 8日 (土)

千葉県立安房南高等学校

 20年ほど前に館山市内を、食料の買い出しの

ため車で走っていると、満開の桜の木に囲まれた

木造の歴史を感じさせる建物に気付きました。

車で門の近くまで行きました。

桜の花のやさしい色と建物の色とがかもし出す

雰囲気、そして色だけはなく、美しい姿の建物に

心を奪われました。

桜の花の散る中ではしゃいでいる娘達をそのまま

にして、少し構内を散策させてもらいました。

まるで明治か大正時代にタイムスリップして しまったような気がしました。

すべての建物、すべての木々、すべてのもの、

とにかくすべてがそこにあるべくしてある。

そんな思いに満たされました。

千葉県立安房南高等学校です。

校訓は「誠の心で優しく強く」でした。

こんな素敵な環境で学べるなんて、なんと

すばらしい事でしょうか。

そういえば、従姉妹が学んだのです。

今年2007年5月18日に創立100周年を

迎えました。

しかし、来年度は安房高に併合されます。

残念です。

Photo_3

Photo_4

A→Bをどこまで信じるか その2

 A→Bという概念は中学校では数学の図形の

分野で学習し、高校ではやはり数学の論理の

分野で学習します。

何も数学で習わなくても、テレビではこの概念の

教育は飽きるほど流されています。

○○の時には××といった、ある条件下ですぐ

商品をアピールする、突きつける。CMですから

当然です。

しかしそれがあたかも最高であり、絶対であるかの

ような構成がなされ、何度も何度も見せられ、

刷り込まれてしまうと、短絡的な思考に追い込ま

れてしまいます。それが個人ではなく集団的

レベルで。

余りに程度の低い洗脳なのです。

多くの試験(各種国家試験からセンター試験,

高校・中学入試など)に択一式が主流となって

いる事も一因だと思います。

物事そんなに割り切って、A→Bとは限らない

のではないでしょうか。

2007年12月 5日 (水)

A→Bをどこまで信じるか その1

 A→Bというすべての論理の大前提がありますね。

原因→結果とよく考えられています。

でも、これって本当なのでしょうか、どこまで信じて

いいものなのでしょうか。

例えば、テレビのCMはA→Bを絶対の事として

作られています。

「○○の時には××を」 といった感じで。

原因から結果へ直結させています。

しかし、そんなに物事、現象、対策・・・を

単純にそして簡単に、判断し決定してもいいの

でしょうか。

現代人はスピードを大切にしているため、

考えなくてはいけない事を、考えられなくなって

いるのかもしれません。

  ※ この項目は今後長くなりそうです。

2007年11月25日 (日)

拾った草に・・・ その4

 拾った草の名前がわかりました。

久しぶりに家に来た長女に、拾った草を見せると

すぐに「ナスタチウムでしょ。ハーブで花のサラダ

もあるんだよ。」とのことでした。

さっそくいろいろ調べてみると、なかなか興味深い

植物だということがわかってきました。

 英名    garden nasturium,tall nasturium,

             Indian cress

  和名    ノウゼンハレン (凌霄葉蓮)

  別名   金蓮花

 花言葉 愛国心、勝利、困難に打ち勝つ

      恋の火、嘲り、思慮、有能な人など

 食用部位 蕾、花、葉

 薬効  抗菌、利尿、去痰、・・・・

      抗腫瘍物質を生成しているとの報告

      もあります。   

  Img_2530_2とても興味深い植物です。

Img_2466

2007年11月22日 (木)

拾った草に・・・ その3

 「根っこはあるんですか?」

 こんな質問がありました。

そうだ忘れていました。全く忘れていました。

拾ってきてすぐの頃は、大丈夫かな、根は伸びる

かな、などとよくコップの中の根の部分を見てい

ました。葉の部分よりも。そのうちに根がだんだん

伸びてきて、ああ大丈夫だなと思い始めると、

その草の事は気にならなくなってしまいました。

水が減った時に水を足す時位しか見ません

でした。それが数日前の赤い小さなポツンとした

つぼみに気付くまで。

そして今は花ばかりに見とれてしまい、花の写真を

を何枚も撮りました。しかし根の事など見もせず、

全く気にもしませんでした。

そんな時、「根っこはあるんですか。」

この質問にドキッとしました。

それまで根のことなど考えてもいませんでした。

実は昨夜の夢の中で、ソフトボールもある大きな

マリモが出てきたのです。その夢はなかなか

象徴的で、今までの私の人生を総括してる

のです。夢の後半に、韓国産の大きなマリモ

をそのまま食べようとする場面で、夢は終わる

のです。

それが今考えると、この花の根とよく似ている

のです。現在の根には藻がたくさん付いて

いますし。

質問された方は、「花ばかり見ていないで、

根っこも見なさいよ、そのお陰で花が咲いたの

でしょ。」と言いたかったのかもしれません。

言い訳になるかもしれませんが、私の目は花

ばかり見ていたのですが、心(無意識 )は

ちゃんと根を見ていたのかもしれません。

マリモの夢を見たその日に指摘されたの

には本当に驚きました。

単なる偶然でしょうか、それとも必然 ?

質問された方、ありがとうございます。

このように根はしっかりとあります。Photo

11月21日 朝

外の青さはガラス越しの

青空です。

写真は光によって

ずいぶん違うもの

ですね。

これは携帯のカメラで撮りました。

2007年11月19日 (月)

拾った草に・・・ その2

 つぼみが大きくなり、18日の朝花びらが1枚

開いてきました。後2、3日かなと思いました。

Img_2442

 

 

 

18日 7:50の写真

今朝19日 驚きました。

あんなに小さかったつぼみが全開したのです

朝日を浴びて一気に開花したのでしょうか。

わかっていたのなら、日の出の前から

カメラを構えて開花するところを少しずつ、

そう、1分ごとに撮っていたのに、残念です。

でも、こんなにかわいい花を咲かせて

くれました。

ありがとう。

  Img_2449_2

2007年11月16日 (金)

拾った草に・・・ その1

 2ヶ月ほど前に家の前の道端に見慣れない

観葉植物 ? が落ちていました。葉がゼニゴケの傘

ような面白い形をしています。このままではかわ

いそうなので、水をたっぷり入れた私のお気に入り

のガラスのコップに挿し,午前中は日の当た

キッチンの暖かい所に置きました。

最近はコップの中いっぱいに根がのび、葉もたく

さん増えてきました。

昨日水を替えようしたところ、なにやら赤いものに

気付きました。よく見るとなんと蕾なのです。

まだ小さな小さな蕾です。ただきっちりと閉じら

れたガクに守られた花びらがわずかに赤く見える

だけです。

それはまるでこれからデビューする場所がどんな

所かそっと覗いているようImg_2395に思えます。

今からどんな花を

見せてくれるか

とても楽しみです。

11月15日

Img_2406

11月16日

自分の包丁を買いました その4

 包丁の切れ味は食材の切り口を決めると同時に、

料理する人の気持を決定します。

食材に包丁を当てた時の感覚は包丁によって全く

違います。それは何本かの包丁を研いでいて

気付きました。

試し切りでは大根を使ったのですが。薄く輪切りに

したものを、今度は手に持ったままで、千切りに

するのです。刃先、中央、刃元と切れ味が全く

違います。仕上げ用の砥石で微妙に角度を変えて

研ぐと、スパッと切れるようになる時があります。

おいしい料理を作るにはよく切れる包丁が必要

ですし、その為にはいい砥石が必要なのです。

よく切れる包丁は料理人の気持を心地よく

させてくれます。

料理することを楽しくさせてくれます。

一流のものを追求するためには、それを

サポートする一流のものが必要なのですね。

自分の包丁を買いました その3

 包丁を買ってから2週間が経ちました。そろそろ

研がないといけないとずっと思っていました。

ただ、下手に研いで刃をダメにしてしまうのが

心配でなかなか研ぐことが出来ませんでした。

しかし今日思い切って研いでみました。

包丁を購入した時一緒に購入した砥石は少し

粗かったので、粒度5000という仕上げ用の

砥石を購入し、2種類の砥石を使い分けて研いで

みました。

砥石が新しいせいかうまく研げるのです。

新しい包丁はすぐに研ぎ終わりました。

すると家にある別の包丁を研ぎたくなりました。

普段使っていない出刃包丁などはサビていました。

でもそれらを丹念に研いでいると、サビが落ち、

次第に鋼の輝きが出てきました。ピカピカしてきた

のです。試し切りの野菜はスパスパと切れるように

なってきたのです。今までサビだらけで、全く切れ味

のなかった包丁に切れ味が戻ったのです。

すると家中の包丁を引っ張り出してきて、研ぎま

くったのです。

研いでいて試し切りで野菜がスパッと切れた時は

本当にうれしくなります。

2007年11月15日 (木)

自分用の包丁を買いました その2

 包丁の初仕事はサメ鍋です。

カール・ルイスの筋肉がサメの肉を食べることに

よって作られ、彼の筋肉がシャーク・マッスルと

言われているのを知った時から、サメをよく

食べるようになりました。考えてみれば、サメは

疲れを知らず、しなやかな動き、そしてスピードと

すべてにおいて最高のアスリートではないですか。

 サメの肉は柔らかいので、よく切れる包丁でない

ときれいに切れません。切り口がすっきりしない

のです。

この包丁をサメの肉に当てて軽く押すと、スパッと

切れました。全くサメの肉は包丁にまとわり

つかないのです。切り口もとてもきれいでした。

次に玉ねぎを切りました。驚きました。

玉ねぎの表面に包丁を置いただけで、スット

包丁がまな板まで届くのです。

玉ねぎを切るのが楽しいのです。自由に包丁

を操っているような感覚です。

包丁を変えただけで、料理に対する感覚が

違ってくるとは思ってもみませんでした。

やはり道具は大切ですね。

自分用の包丁を買いました その1

 私は家での食事は自分で作ります。

その理由は8年ほど前、剣道の大会に出場する

為に、その半年前から一生懸命道場に通い、

スポーツジムに行き、技を磨きまた体力を付けま

した。

しかし、それらの根本となる肉体作りに失敗して

しまい、大会では一回戦で信じられないような、

ぶざまな負け方をしてしまいました。

それ以来食事には

ものすごく気を使うようになったのです。

そのぶざまな負け方、知りたいでしょう。でも長く

なりますから、そのうちタイトルを変えて書きます。

 よく行く日用品店で、包丁の売り場で迷ってしま

いました。たくさんの種類があるのです。

私は刃の形で選ぼうと思っておりました。

でも、料理の得意な友人にメールで相談しました。

すると、刃の形よりも、握り易いのがいいのでは

と返事が来ました。そうか、そうだな、竹刀を選ぶ

時まず握り、次にバランスだよね、なんて考えな

がら、これはと思うのを選びました。

念のため店員さんに、自分がよく作る料理と食材を

言うと、「これは肉切り包丁で、お肉屋さんが使う

ものですよ。でも野菜でも何でもよく切れますよ。

ただ、はがねですから錆びますよ。」との事でした。

私はもともと鉄の包丁が欲しかったので、

ためらわずそれに決めました。

そして、レジでも「この包丁ははがねですから、

錆びますよ、大丈夫ですか。」と言われてしまいま

した。私の感じから、そんなに料理したことないの

だから、錆びないステンレスの方が無難ですよと

親切に言って下さったのだと思いました。

知人が砥石も買っておくようにとの言葉通り

砥石も買いました。

2007年11月 6日 (火)

くだらない

 私は政治のことはよくわかりませんが、今の

政治家の人たちは何をやっているのでしょうか。

戦前・戦後の政治家には信念があった。日本を

何とかしようという気概が気迫があった。

小沢さんは福田さんの次に総理大臣になろうと

しただけですよ。なりたかったのです。

民主を自民にくっつけたら、そのごほうびとして

手に入れられる約束をしたのでしょう。

くだらない、くだらない、あー、実にくだらない。

前に進んで下さい。前に、こんなことやっている

場合ではないですよ。

日本が沈没してしまう。

消費税

 最近消費税率をどこまで上げるか、などといった

議論がさかんになってきました。

しかし、ただ税率について議論するよりも、まず

消費税の根本的な諸問題についてもう一度考え

直さないといけないと思います。

 例えば、自動販売機で、缶コーヒーを買う時、

普通110円ですね。

以前は100円でした。自動販売機では1円や5円

取り扱えないので、消費税と値上げを10円とし

同時に行ってしまったのです。

現在消費税率は5パーセントですね。

100円の商品は最終消費者は5円消費税を収めて

います。またその商品を問屋から仕入れている

販売店は仕入れ価格の5パーセントを収めてい

ます。仕入れ価格が70円であれば3.5円です。

このように流通段階のすべてに消費税がかけら

れていますから。110円の商品に対して、原料の

仕入れ価格はもちろん、工場における電気、ガス、

水道、これらのライフラインへの課税は流通業者

から販売店にまでかかっていますから、1個の

缶コーヒーには5パーセントではなく、現在既に

10パーセント位の消費税はかかっているのです。

食料品などは非課税にするなど、諸外国における

消費税を研究しないといけませんね。

 いろいろ問題はあるでしょうが、物品税や飲食税

の復活を考えてもいいかもしれませんね。

2007年11月 4日 (日)

108の美しさ

 108という数字で何を連想しますか?

私は不思議な数字だと思います。

 1.除夜の鐘が突かれる数

そう、仏教で言う煩悩の数です。

なぜ煩悩の数が108に決められたのでしょうか。

 2.硬式野球のボールの縫い目

野球は確かに、心理的な面が強く働くスポーツ

です。そんな訳で、縫い目が108になったのでは

ないでしょうか。プレーしながら悩め、苦しめ、

それを乗り越えろ。という事なのでしょうか。

いや、野球のボールはアメリカで最初に作られた

のでした。キリスト教で108はどんな意味がある

のでしょうか。

 3.正五角形の内角

私は正五角形がすべての多角形の中で一番

美しいと思います。形、バランス、自然界での

役割と実に存在感があります。

 4.約数の数が12コ

108の約数は

1、2、3、4、6、9、12、18、27、36、54、108

と12コもあります。すごいですよね。

こんなにたくさんの約数を持っている数は

なかなかありません。

108の持つ不思議な力、まだたくさんあると

思います。

そうだ、水分子の角度(H-O-H)は、ええと

104.5度でしたね、残念です。

残念でした。

三島由紀夫と広田弘毅

 私が現在、比較的最近の歴史上の人物で意識し、

大切にし、尊敬している人物は、

三島由紀夫、広田弘毅の二人です。

文学研究者でも、政治研究者でも、歴史研究者

でもない私が今までに何かしらの媒体を通じて、

知ったこの二人。すごい人生だと思います。

いつも私の心の中にいます。

二人共もったいない死を迎えています。

生きた時代の波に真正面から立ち向かい、

命を懸けて戦った真の武士だと思います。

実に残念な死です。

 私は彼らのやりの残した事の微塵でも達成

出来ればと思います。

三島由紀夫なら「剣」

広田弘毅なら城山三郎の「落日燃ゆ」

ただただ、すごいです。

三島と広田を一緒にするなとお怒りの方も

おられるかと思いますが、私の中では一緒

なのです。

米一粒

 最近テレビによく出演する方で、まるで天下を

取ったような発言、振る舞いをしている人がいます。

とても多くの方がその方の言う事を信じ、納得して

います。

私は何言ってんのと思っていました。

その方がある番組でお米を研ぐ場面がありました。

何と、研いでいる時に、何粒も何十粒ものお米を

流していました

全く気にすることもせずに。

やはり偽者だと思いました。

もし本物なら、たとえ一粒でも大切にするはず

です

「蛍の墓」の最後の場面は当時では本当に、

そして日本中のどこにでもあった事です。

私は米一粒を粗末に扱う人を決して信じません。

2007年10月29日 (月)

朝日と夕日

 昇る朝日と沈む夕日とどちらが好きですか。

このような質問は太陽に失礼でしょうかね。

今夕焼けがとてもきれいです。

最近ある人に夕焼けがきれいですね。と言った

ところ仕事場には窓がなく、帰宅時には真っ暗

なので夕焼けなど見てないと言われてしまい

ました。

 私は自分の職場から見える、ビルとビルの間

のわずかな空間の夕焼けを写メで送りました。

その方はものすごく感動してくれました。

それならばともっといい条件の夕焼けで、もっと

感動してもらおうと、休日の夕方は西のそらを

眺めてはチャンスを待っていました。

最初の写真は近くのホームセンターの屋上から

撮った写真です。どんどん沈んでしまう夕日を

見ていて、時間よ止まってくれと思いました。

Img_1989

次の写真は所用で朝早く起きた時、

いつも夕焼けや夕日ばかり撮って

いるので、たまには

朝日を撮ろうと、家から近くの港に

行って撮ったものです。

Img_2172_2人は自分の為に何かしようとして

も、まあいいやと妥協してしまう事

があります。

しかし誰かの為にやろうとする

時には心が透明になり、我慢し、

頑張れるものなのかも知れません。

2007年10月 4日 (木)

ルーツ 

 10年ほど前に父の実家の相浜の近くを流れる

巴川で4個の宝物を拾いました。

クジラの骨、ヤギの下あごと肋骨、弥生式土器、

寛永通宝です。

 その日の前日、館山市の海岸散策の達人の

三瓶さんの資料館に行って、海岸漂着物の中の

宝物探しの楽しみをうかがいました。

ではやってみるか、という軽い気持で海岸の

散策をしたのです。

クジラの骨は最初漁船の船体の一部の木切れ

かと思ったのですが、砂浜から掘り出してみると

神経の通る穴が開いている、クジラのあごの骨

なのです。

そしてすぐにヤギの骨それも焼いた跡があり、

しかも茶色く変色した、その色から相当古いこと

は間違いありません。

そしてその次に土器、しかも製作時の指の跡が

残っているのです。

いいことが起こる時はまたいい事が起こるもの

です。

なんと次には、私は歴史の教科書でよく見る

寛永通宝を拾ったのです。それは長い間海水

中にあったためか、サビてとても薄いのです。

この場所で生活していた人の日常が突如その

時出現しました。

その地域は父の実家の近くですから、もしか

したらいやきっと私の祖先がこれらの品々に

関わっていたのではないでしょうか。

私の祖先がなぞった土器の指の跡を同じように

なぞった時は身震いがしました。

2000年以上も前に私の祖先が触った土器に

今私が触っているのかと思うと。

2007年10月 3日 (水)

犬と大

 犬と大という字は全く意味が違いますね。

でも強引に同じにされてしまったのです。

なんと国語審議会という一応専門家の集団に

よって。

「なみだ」という字は現在は「涙」ですね。

戸の下に「大」と表記されています。ところが

以前戸の下は「犬」でした。

いろいろな説がありますが、私が一番好きな

のは、「いなくなっていた犬が家( 戸 )に「もどっ

てきた」ところから、「戸+犬」でもどる( 戻る )

という漢字が作られた。そして、それがうれしくて

なみだが出た。なみだは水に関係がありますから、

「戻」にさんずいを付けて、「涙」となった。

戸が大きくなって涙では味気ないですね。

私はこれらの漢字を書く時は、犬を使っています。

最も( 戸 )家が大きくなって、うれしくて涙と

考えるような時代になったのかもしれませんが。 

   追伸

 現在私のパソコンで、戸+犬の「もどる」という

漢字が見つかりません。そのうちに作成します。

今のところ戻る、涙で代用させて下さい。

まじ、マジ、真面

 昨日、出勤途中にある家の駐車場から出てきた

が変な音を立てていました。見ると後ろのタイヤ

パンクしていて、ペチャンコでした。運転している

人はそれに全く気付いていないらしく、そのまま

走っていきました。丁度次の信号で止まったので

「後ろのタイヤパンクしていますよ。」と言いました。

すると運転していた、30才位の若者はなんと

「マジ」とひとこと言っただけで後ろのタイヤを

見たのです。

もし立場が逆で、自分の運転する車のパンクを

教えてもらったら、まず「有難うございました。」

と言うでしょう。それから次にどのようにしたら

いいのか対策を考えると思います。

今日の彼は、

「パンクを教えてもらう」→「どうしよう」とすぐ対策

の事に頭が働いててしまったようです。

反射的です。衝動的です。余裕がありません。

これがデジタル的反応なのかもしれません。

A→B とすぐ反応するのですが、他が見えません。

一義的です。私のようなアナログ人間はあいまい

ですが、もっと幅広く、周辺のいろいろな事に

ついて考えてしまいます。

まず、「ありがとうございます。」「車を他の車の

邪魔にならない所に止める。」

それから「マジ」でしょうかね。

30才はもう若者ではないのでしょうかね。

2007年9月18日 (火)

机を買いました その2

 でもやはり不便ですので、いい机がないかなと

考えていたところ、近所の古道具屋さんにふと

入りました。すると店の奥の店主の机の上に、

私の目を惹きつける机がありました。

厚い板に、太い脚使いこなされた風格。

私は店主に「いつ頃のものですか?」と尋ねま

した。店主は「そうねえ、100年くらい前かな、

どこか地方の商家、そうねえ呉服屋さんか

何かの店頭で使われていたんじゃないかな。」

とのこと。キズや染みがあるのですがそんな

ことよりも古さと重厚さに惹かれてその場で

購入しました。

座席を倒して、車に乗せる時その重さに

びっくりしました。

 とても一人では家の中に入れられないので。

四女に手伝ってもらい、あのソファの前に

設置しました。

驚きました。ぴったりなのです。大きさ、高さが。

天板の厚みが何と4センチもあるのです。

そしてこの机が来てから、部屋の雰囲気が

ずっと落ち着いた感じになったのです。

この机の持つ重厚さでしょうか、今まで使って

いた人の余韻でしょうか。

私の気持までも何か落ち着かせるのです。

不思議です。素敵な机に出会いました。

この机を作った人も、使っていた人もわかり

ません。でも誠実さが伝わってくるのです。

本当に不思議な机です。

私もこの机に関わった方々に負けないように

日々鍛錬するしかありませんね。

まだまだ頑張らないと机に申し訳ありません。

机を買いました その1

 1年ほど前にソファを買いました。そのソファは

ホームセンターと併設されている家具売り場

にありました。ホームセンターへの買い物の

ついでによく寄ってはそのソファに座って、

「このソファいいな、くつろげるな。」と一緒に

いる子供によく言っていました。多分10回位は

そんな事を繰り返したと思います。

購入カードがあり、それをカウンターへ持って

いけば買えるのですが、少々高額だったため

なかなか買うことに決断がつきませんでした。

そしてその日も展示されているソファに座って

いたところ、三女が突然、「そんなに欲しいのなら

買っちゃえば。」とのひとことで、ついに決断した

のです。

すわり心地は最高です。座っていると疲れが

取れます。

ところがそれに合うテーブルが、多くの家具屋

さんへ行ってはみたのですが、なかなか見付

ませんでした。しかたが」ないので、家に

ある使わなくなった、イスやパソコンラックを

代用していました。

2007年9月10日 (月)

定価販売

 かつて日本の小売店において、定価販売が

当たり前の事として励行されていた時、消費者は

一体何を基準として購入する店を選んでいたの

でしょうか。

家から近い、売っている人の感じがいい、おまけ

してくれる・・・・・と色々あると思います。

でも一番の理由は、販売する人の商品知識では

なかったでしょうか。

使用方法、調理方法がわからなくても、購入時に

すぐ教えてもらえれば非常に助かります。

例えば、漂白剤でも、「酸素系」「塩素系」それに

「還元性」と三種類あります。それぞれに特徴

があり、その使い分けが結構難しいものです。

酸素系や塩素系の漂白剤は特売の対象に

なるので、だれでもその使用方法はわかって

います。しかし還元性の漂白剤は店頭に

ない事も多く、ましてその使用方法を説明

出来る店員など今の日本の小売店では

なかなかおりません。

価格破壊などというスローガンを叫んで

値段の安さを追求しているうちに、大切な

モノ( 者、物)をたくさん捨ててしまった

のではないでしょうか。

   還元性漂白剤は「ハイドロハイター」

   という商品名で販売されています。

   酸素系、塩素系漂白剤で落ちない

   赤土や鉄さびなどの鉄分による

   着色に効果があります。

2007年9月 6日 (木)

21番目のやさしさにありがとう

 出勤する時にいつもすれ違う女の子がいます。

小学校3年か4年位です。いつもゆったりと

歩いています。一方私は遅刻しないかと時計を

見ながらあせりながらすれ違います。

彼女には自分だけの時間が流れているよう

です。どうしても時間に追われ、予定に

追われている私に、

「そんなにあわてて何しているの、

1時間後、2時間後、まして明日のことや、

1年後のことを心配してどうなるの?」と

いつも語りかけてくれています。

手にしている手作りの布製かばんが

ご家族のやさしさを感じさせます。

休日に初めてすれ違いました。

その時は母親と思われる人と手を

つないでいました。

 いつもより楽しそうでした。

 いつもよりうれしそうでした。

 いつもより輝いていました。

 21番目の意味はNHK番組の福祉ネットワーク

で最近放送された「この子はこの子なんやから」

に登場してきます。

再放送があると思います。

興味のある方はご覧下さい。

2007年8月11日 (土)

○○の乱

 島原の乱、由井正雪の乱、大塩平八郎の乱、

佐賀の乱・・・と○○の乱というように、人名、地名に

「乱」という言葉が付けられた歴史用語がたくさんあ

ります。

何か悪い印象を受けてしまいます。これは「反乱」

の乱からきている事を語感から感じられてしまう

からです。

でも、それは歴史記述の中心である、時の政治の

中心者にとって反乱であり、乱を起こしている方々

には、どうしようもない閉塞からの叫びを行動に

起こした闘いなのです。

すべて民衆の行動に乱を付け、何かわかったような

気にさせてしまうのはよくないのです。

たまには乱の歴史を調べてみて下さい。

そしてもし日本史の教科書があれば、目を通して

下さい。

きっといろいろな問題がみえてくると思います。

2007年8月 8日 (水)

国を守る為には・・・

 今日職場で参院選の結果についての話題がでま

した。その時一人のアルバイトの女の子が、「えっ

改憲派じゃないんですか?」とても驚いたような

で私の方を見ました。

 今までその子とは社会情勢、世界情勢から日々

ささいな事件や現象についてよく話をしていまし

た。ほとんど同じ考え方、立場でした。

ところが今回の自民党の大敗北から、話が憲法改

に及んだ時意見が全く正反対になりました。

ただ、その前にある、「国を守る為に」という大前提

は同じなのです。彼女も私も「国を守りたい」という

崇高な目標、夢、動機があるのです。しかし考えて

いる事は全く正反対なのです。

その時丁度店長が来たので、同じ質問「国を守る

為には改憲と護憲とどちらがいいと思いますか。」

と質問したところ、彼らしく「どちらでもいいんので

は。」安房人らしい答えをしました。

そうですよね、たいていは改憲か護憲かと考えます

が、どちらでもいいという考え方もあるのですよね。

今日は身近になかなかの論戦相手が出来てうれし

くなりました。

今後この三人の考え方がどのように変化していくか

楽しみです。

2007年7月29日 (日)

台湾、韓国は、中国、そしてインドは・・・

 最近思うのですが、台湾、韓国は日本の

兄姉で、中国は父母、そしてインドは祖父母

ではないかと。

そのようなことを言うと多分変な奴だと思う

でしょう。

でも、最近というか、今まで人生五十数年

生きてきの感想です。

根本的に私は自分の事を愛国者だと

思っています。

でも歴史や最近知り合った台湾、韓国、中国、

イン方々、そして今までの経験からその

ように思うのです。

 戦争を経験された方々と自分とでは考えて

いる事や感性、意識、知識その他もろもろ

全く違うと思います。

とにかく、今はこのように思っています。

2007年7月 2日 (月)

しょうがない

 「しょうがない」という言葉は「しようがない」

「する方法がない」 つまり元になっている言葉は

「それ以外する方法がない」ということでしょうか。

そう「しかたない」は「仕方がない」と同じですね。

私達は日常で耳にしますし、よく使いますね。

自己の責任を回避する時に。

でも、野村監督がインタビューでこのような言葉は

使いません。失敗や、敗戦には必ず理由を述べら

ます。そうしないと、次に進めないし、その失敗

や敗戦が無意味になってしまう事をたっぷり味わっ

ておられるからだと思います。

相手の攻撃の破壊的な強さに対してしょうがない、

などと組織のトップに発言されてしまったら、部下は

どうしたらいいのでしょうか。

 専門家には「想定外だった」と「仕方がない」は

使用してほしくない言葉です。

           

2007年7月 1日 (日)

雑穀

 最近雑穀という言葉をよく耳にします。

米・麦以外の穀物の事だそうですが、私はどうして

も納得できません。

雑という言葉で米・麦以外の穀物をまとめてしまう

なんて。米や麦以外の穀物に対して失礼ではない

ですか。稗・粟などとと立派な名前があるのに。

雑草という言葉もあるように、雑という接頭語?

は確かに便利ですから多用されてしまいます。

 広島・長崎の原爆投下後、最初に地面を生き返

せたのは雑草と呼ばれている草達です。彼らの

緑が当時どんなに多くの人に再生、復活への勇気

と希望を与えたことでしょう。

 その一本一本にちゃんと名前があるのに。こんな

に生えて邪魔だと言われても必死に自分の役割

を演ています。

 これは表舞台に登場しなくても、世の中を支えて

いるのが名もない民衆であることと同じですね。

2007年6月25日 (月)

掃除 その2

 最近私は判断に迷ったり、悩んだりすると、自然

に掃除をしています。なぜかわかりませんが、気持

が落ち着くのです。無心になれるのです。

そういえば、お寺や神社はいつもきれいですね。

お庭は掃き清められていますね。

かつて永平寺に訪れた時、きれいに掃除されてい

るのがお庭だけではなく、すべての存在、建物、

樹木、落ち葉まで、とにかくそこに存在するすべて

が、そう空気までも整然としていたのです。

私などでもわかる位の高い精神性が雰囲気として

漂っているのです。

私達の日常では決してそのようなレベルまでは

到達できませんが、少しでもその方向を向いてい

たいと思います。

2007年6月23日 (土)

掃除 その1

 掃除が好きな人はあまりいないと思います。

掃除には限界がありませんし、どこまでやれば

いいのか、また逆にいくらでも手を抜けます。

以前塾の教師をしていた時、保護者会が終わった

後に「先生忙しくて掃除する時間ないでしょうから、

今日は掃除していくね。」と一人のお父さんが

残って教室の掃除を始めました。その手際のいい

こと、私はほれぼれと見とれてしまいました。最後

に流しの排水溝の所(あのヌルヌルしたところ)に

なり、「こういったところをしっかりやらないとダメ

なんです。」とおっしゃいました。そして御自分は

航空機の整備をずっとしてきて、現在は整備士の

指導をされていると自己紹介されました。

最先端のメカが安全に作動するために、ひたすら

クリーンな状態を維持する。それが基本だそうです。

確かにアトピーや喘息いおいては、ハウスダスト

やダニが原因となりますし、食中毒や感染症から

狂牛病(私はBSEという表現は使いません)また

多くの疾病の原因は清潔さの欠如と考えられます。

コンコルドが火災を起こして墜落した原因は、離陸

時に滑走路に落ちていた、他機の部品をタイヤが

巻き上げ燃料タンクが損傷したためなのです。

滑走路の掃除が徹底されていなかったのです。

掃除や整備は目立ちません。現状を維持すれば

いいのですから、けっして表舞台には登場してきま

せん。

しかし表舞台を直接支えているのです。

2007年6月18日 (月)

平和

 今日17日は私が主将を務めている草野球チーム

の試合がありました。5対1で勝っていたのですが、

最終回に追いつかれ、引き分けになりました。好プ

レーあり、珍プレーありでとても面白かったです。

私も少しは活躍できました。一番うれしかった事は

娘がチーム初打点をあげたことです。中学生の頃

ソフトボールで全国大会に出場した経験がありまし

たので、試合のメンバーが足りない時は時々参加

してもらっています。試合後相手の監督さんに

「娘と一緒に野球が出来るなんて、最高に幸せだ

ね。」なんてうらやましがられました。本当に私も

そう思います。

私は最近勝ち負けよりも、とにかく全員がケガをせ

ず、また無事に帰宅してさえくれればいいと思って

います。この同じ時間と空間に、選手と審判合わせ

て20人以上の人間が集まって、小さなボールの

動向に一喜一憂する事が出来るなんて。幸せを感

じます、平和を実感します。

試合中私は空を見ます。天を仰ぎます。

この草野球リーグを立ち上げ、運営されていた

 I さん、それを支えておられた U さん、それに

教え子の Y 君、 彼らがきっと空のどこかで試合

観戦していると思っているからです。

そして試合後は「無事に終わりました、ありがとうご

ざいました。」と報告します、感謝します。

     教え子と 白球追います 梅雨晴れに

受胎告知

 久しぶりに上野の国立博物館に行きました。以前

興福寺の阿修羅像が展示されていたので、お会い

したいと思いまして。

本館の入り口はダ・ヴィンチ展の受胎告知を観る

ために並んでいるための行列が外に300人以上

もいたでしょうか。私はその行列を見ながら、通常

展へと向かいました。しかし、阿修羅像は展示さ

れてはいませんでした。残念でしたがのんびり

通常展示を観る事が出来ました。

帰ろうとしたところ、先ほどの行列はありませんで

したので、これはチャンスと思い展示室に向かいま

した。本当に六百年以上も前に描かれたのかと

思ってしまう位きれいでした。展示室内は薄暗く

、画にはライトが当てられていたので本来の色か

どうかわかりません。色は当てられる光の種類や

性質によって違って見えてしまいます。実際はどん

な色だったのでしょうか。また、ダ・ヴィンチが描い

直後はどのような色だったのでしょうか。

色々と考えてしまいました。

たった一枚の画を観るために、これほどたくさんの

多くの人が集まってくるなんて、まだまだ日本も

捨てたものではないと思いました。

2007年6月 5日 (火)

しいの木 その2

 そのやっと合格したしいの木の画は一週間後に

返却されました。一人一人名前が呼ばれ、前に

行って先生から受け取るのです。私の番がきて

その画を受け取り裏を見ると、何とAに3重○が

付いているのです。

こんなにうれしいことはありません。友達はほとん

どBでたまにAがいるくらいなのに。自分はAで

しかも3重の○が付いている。私はうれしくて

うれしくてきっと全身でそれを表現していたと思い

ます。

そして最近その5色の暗い色とオレンジの色の

意味がやっとわかったのです。

5色は英数国理社の主要5科目、そしてオレンジ

は美音技体実技教科を表している。

当時私は主要科目には全く自信を失っていました。

美術の先生は感性の鋭さで私の精神状態を悟り、

すべてを描き直すのではなく、「一本の線を入れる

ことで画の雰囲気は違ってくるのだよ、人生も同じ

だよ。」ということを教えたかったのではないだろう

か。そのことに最近気付いたのです。その時は

かつてAの三重○をもらった時と同じようにうれしく

なりました。今度同窓会でお会いしたら真っ先に

そのことをご報告しようと思っていたところ、

同窓会の幹事から名簿が届きました。

真っ先に先生の欄を見たところ、なんと既に先生は

お亡くなりになっておりました。

もっ早く気付いて、その事を先生にご報告する事が

出来ればよかったのにと残念でなりません。

でも先生は天国で、「いいよ、40年かかっても

かってくれればいいんだよ。」とあの温厚な微笑

を浮かべていらしゃると思います。

小田原先生!私は先生のお陰様でなんとかやって

おります。本当にありがとうございます。

2007年5月28日 (月)

しいの木 その1

 私が通っていた中学校の校庭に大きなしいの木

ありました。美術の時間にその木を描く課題が出

され、ほとんどの級友は美術的というか芸術的な

しいの木を描いていましたが、私はただ5色の暗い

色で幹を平行に描いただけでした。

画を描き終えると先生にチェックして頂くのです。

多くの級友は1回か2回で合格していくのに、

どういうわけか、私は何回先生のところに持って

行ってもなかなか合格させてもらえませんでした。

「幹の真ん中にオレンジ色の線を入れなさい。」

水彩ですから、絵の具を溶いて描くとどうしても

にじんでしまいます。そのためかと思い、油絵の具

のようにそのままベタリと塗りつけました。

そしてその画を先生に見て頂くと、「これだよ、そう

これこれ。」と言われ、私のはやっと合格したのです。

2007年5月17日 (木)

何を守る

 国、プライド、父、母、学問、真理、真実、美なる

もの、純粋なるもの、夫、妻、子、友人、恋人、

親戚、趣味、仕事、芸術、地球、宗教、憲法、歴史、

自分の過去・現在そして未来。人によっていろいろ

あるでしょう。

でもそれらとは違う、そんな個人的ではなく、

普遍的で、価値判断を超えたもの?

それでいて、もっと具体的により身近な表現で、

分かり易く。守らなければ無くなってしまうもの?

いや、そもそも守るとは?

バグダットを守るとは? 

現在本当に守っているのは誰?

「守る」という言葉の深さに思考停止です。

でも確かなことは「命を守る」これしかないと思うの

ですが。

すべてがそこに収束していってくれればいい。

でも、守っているつもりがこわいです。

2007年5月13日 (日)

日本がどんどん壊れゆく

 最近以前では考えられないような事件や事故が

多発していると思いませんか?

確かの時間がが経てば、知識が増し、経験を積む

でしょう、しかし感性や倫理観は必ずしも進歩?

よくなっているとは言えないと思います。

時間さえ経てばよくなる、時間さえ経てばいい

世の中が来るなどといった幻想は捨てる時が

来たようです。

20年後、30年後に日本がアメリカの州にならない

ためにガンバリましょう。

今日の2本のNHKドラマ

 12日夜の2本のNHKのテレビドラマを見ました。

私は最近のドラマや小説は見たり読まない事にし

ていました。ところがNHKの土曜ドラマの「病院の

力」と「春のワルツ」を見るとどんどん引き込まれて

しまいました。「病院の力」では、とりあえず医療の

下っ端で仕事をしている自分にとって、重なる部分

がとても多く、最終回の後半は涙が流れ続けました。

また「春のワルツ」は最初はそうでもなかったの

ですが次第に引き込まれてしまい。「冬のソナタ」

に多く日本人が引き込まれたのを冷ややかな目で

見ていたのを反省しました。

現在の日本にない純粋さ、一途さが一杯です。

話の展開はわかるのですが、いやわかるからこそ

引き込まれてしまうのでしょうかね。