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カテゴリー「音楽」の25件の投稿

2009年7月26日 (日)

カノンを教えてくれた人が・・・

 昨年、私にカノンを教えて下さった方が今困難な

状態に陥っている。

私は今までどれだけカノンの歌に励まされ、勇気

付けられただろうか。

いや、まだまだすべてを知り、理解しているわけで

はない。しかし、カノンの前向きで、すべてを

肯定的な人生観、世界観、宗教観はこの1年間

私を支え続けてくれている。

彼女にカノンを教えもらえなかったら、きっと今の

精神状態、精神レベルであることはないと思う。

やはり、人生はたった一つの出会いが複雑多岐に

渡り、複雑に展開していく。

影響し、影響させられて生かされている。

恩返しできないできない情けない自分がいる。

2009年6月18日 (木)

千住真理子のヴィターリ    6月12日のNHK番組

 6月12日、NHK番組「いっと6けん」で千住真理子

さんが演奏する、ヴィターリのシャコンヌを聴きま

した。

今まで、この曲の歴史的大家による名演奏をたく

さん聴いていましたが、この千住さんの演奏に、

私はそれらと違う何かを感じました。ただ、その

何かが何かがか、よくわからないのです。

たまたま、最近彼女のCDを毎日聴き込んでいた

ので、彼女の何気ない間合いに洗脳?、されていた

のかも知れませんし。

いずれにしても、番組の最後に紹介された、その

演奏について、東京の主婦の方は「千住さんの

演奏を聴き始めてすぐに涙が止まらなくなりまし

た。」とFaxで感想を寄せました。

この涙は、同世代を生きた、ヴィターリ(1663-1745)

ストラディヴァリ(1644-1737)、そして300年の眠り

から目覚めたデュランティ、またそれを演奏した

千住真理子すべての持つエネルギーの共振、

また、彼らの有する主観的な涙と重なります。

(作曲がヴィターリではないかも?謎めいています)

この演奏は、現代風ではなく、ハイフェッツの演奏

に近いような気がします。

最初から16小節に起こる1オクターヴの跳躍

から、その後に続くオクターヴまでもない音の

跳躍。モーツアルトの音楽にある「い音」の

ように、彼女の演奏を聴いていて、この音の

特徴或る跳躍を「天使の跳躍」または

「運命の跳躍」と名付けたくなりました

ただ、ハイフェッツは論理性が強く、千住さんは

ほとばしる感性を必死に理性が抑えている。

そしてその理性の隙間から祈るチャンスを覗って

いる。ヴァイオリンで祈りを奉げているように

思えました。

間違いなく歴史に残る名演奏です。

ただ、音楽専門番組ではなかったため、ピアノ

の前奏が始まると、ガタッという音がしたり、

テレビの左上の時間が最初はそのまま表示

されていたり(気付いて消しただけまだよかった

のですが)、何かと不手際がありましたが、

そのような事は一切帳消しにしてくれる、

本当に素晴らしい演奏でした。

2009年6月15日 (月)

デュランテイは何を語り、何を伝えたいのか

千住真理子さんが使用されている「デュランティ」

は1716年に誕生し、ローマ法王からフランス貴族

デュランティ家さらにスイスの富豪の手に渡り、

プロの演奏家に一度も演奏される事なく300年近く

眠り続けていました。数奇な運命とでもいうのでしょうか、彼女の手に

何とストラディヴァリが72歳位の作品なのです。

まさか、彼は自分の楽器が300年後、東洋の日本

に渡り、千住真理子というヴァイオリニストが演奏

する事になるなんて全く想像もしていなかったで

しょう。

渡るまで奏でたくても奏でられなかったのです。

これまで、じっと沈黙を続けたデュランティこれ

から何をどのように語ってくれるのでしょうか。

2年程前に船橋のホールで千住さんの演奏会が

ありました。

演奏の合間に次のようなお話がありました。

 彼女が演奏活動をお休みしてい頃、慰問で

演奏した時、自分としては本当に情けないほど

ひどい演奏をしてしまい、泣きたくなってしまった

そうです。しかし、その演奏を聴いていた方々は

涙を流して心の底から感動して下さっている。

そうだこれだ、これこそ自分が生きる道だと

その時確信されたそうです。

沈黙していた者同士のこれから。

本当に楽しみです。

2009年5月31日 (日)

天使の息継ぎ カノンの歌うアベマリア

 仕事からの帰宅途中、公園の中を歩いていました。

たくさんの緑と霧雨、そして真夜中。ヘッドフォンから

カノンの歌うアベマリアが始まりました。

心が透明になり、感動の余り立ち止まってしまいまし

た。立ち止まったと言うより、膝から下がしびれて

歩けなくなってしまったのです。

実は初めてカノンのアベマリアを聴いた時、軽い

違和感を覚えたのです。あり得ない所での息継ぎ、

またビブラートとは違った声の振るわせ方に。

ウィーン少年合唱団の歌うアベマリアを期待して

いたからです。

しかし、その日霧雨けぶる公園で聴いたアベマリア

は正統的なアベマリアではなく、人間的、そう、

フランスの片田舎の小さな教会で、その村の少女

がたった一人で、彼女のおばあちゃんの為に歌って

いる。すると突然、雲間から月が姿を現せ辺りを

青白く照らし、輝かせ始める。

静寂の中、文句なしの真実、真理がそこにはある。

私はそのようなイメージに浸りました。

テレサの歌は胸骨に響き、サラの歌は大脳を

揺さぶり、カノンの歌は全身を包む。

この歳になって、やっと音楽が少しだけわかるよう

になったみたいです。

歳を取るのも、なかなかいいものですね。

2009年4月23日 (木)

夜來香(イエライシャン)は別れの歌ですか?

 テレサ・テンが日本で最後に歌った歌は

「夜來香」。1994年、山形でのチャリティコンサート

の時です。

なぜ彼女がこの曲を選んだのかはわかりません。

しかし、彼女は日本を離れる決心を,れていたの

ではないかと思います。歌っている時、唇が時々

わずかに震え、声が揺れる場面があるのです。

 李香蘭が中国を去る時の引き揚げ船では、

李香蘭の歌う「夜來香」が流れていたそうです。

一体誰が選曲したのかはわかりませんが、「夜來

香」の歌詞にある『恋の夢消えて残る夜來香』

恋の夢=理想?、夜來香=李香蘭 

戦争中私たちに夢を与えてくれていた李香蘭は

去ってしまうけれども、心に残る李香蘭の香りは

ずっとずっと残っていますよ。そんな事を思っての

選曲ではなかったのでしょうか。

呉媛麗(ウー・エンレイ)さんは、上戸綾主演の

テレビドラマ「李香蘭」の中で、一部中国語の歌

吹き替えをしたそうです。

彼女は、テレサがアジアに残した夢を引継ぎ、

熱く生きています。

「夜來香」という歌を樹にたとえると、枝葉が茂り、

ますます大きく育っているような気がします。

http://www.youtube.com/watch?v=NcU6Ya2DTbM

2009年1月29日 (木)

千住真理子のやさしい音色,その理由(わけ)は

 千住真理子さんのCDをこの2年間何度聴いても、

わからなかった事がやっとわかりました。

千住さんのバイオリンの音色、音のつながり、

その醸し出すもの、伝わってくるものそのすべてが

やさしいのです。「優しい」ではなく「やさしい」

のです。漢字ではいけません。平仮名の世界です。

低音域も、中音域も、高音域もそしてハーモニック

までもがやさしいのです。

その理由をずっと考えていました。

それがわかったのです。

カノンの「エルシャダイ」を聴いている時、

ハットしました。これだと思いました。

声を発する瞬間と声が消える瞬間が

実に丁寧なのです。

厳密には、いつが発声時で、終声時かは

わかりませんが。

千住さんの弓が弦に触れる瞬間と離れる

瞬間は実に丁寧なのです。

他のバイオリニストのとは全く違う

のです。

瞬間というものが、あるのかないのかは

わかりませんが、無音状態から音が発せら

れる瞬間と有音状態から無音状態になる

瞬間が実にやさしいのです。それらが彼女の

奏でるワンフレーズ、ワンフレーズ、一曲、

一曲のすべてに散りばめられているのです。

2009年1月22日 (木)

A BEST における あなたと君

 浜崎あゆみのアルバム『A BEST』にある16曲中

には次の回数の「あなた」と「君」が登場します。

    1 2 3 4 5 6 7 8 9 10111213141516  計

あなた   14  1      3              4         4  17

 君              9      4     1  4     1  6     25 

Ayuは「あなた」と「君」をどのような意図を

もって使い分けているのでしょうか。

また、私たち聴く者にたいしても、それは誰なの

かと、アルバムを通して問いかけています

5曲目の「To be」において、Ayuは

ハムレットの次の有名な言葉、

To be or not to be;that is the question. 

を念頭において歌っていると思います。

シェイクスピアはハムレットの口を通して、

人生は生きるに値するのかしないのか、

と自問し、私たちにも「真剣に考えよ」と

大テーマを投げかけています。

それに対して、Ayuは「To be!生きるべきよ!」

と歌い上げています。

この曲における「君」はあなたにとって

どなたでしょうか?

2008年11月25日 (火)

重厚な演奏家達の軽やかな演奏

 1970年にウィーンのムジークフェラインザール

大ホールでウィーンフィルをカール・ベーム指揮

による、ブラームスの「交響曲第2番二長調」の

映像を観ました。

カール・ベーム操る指揮棒のほんのわずかな

動きに、敏感に反応するオーケストラの軽やかな

演奏に驚かされました。

平均年齢は50歳を軽く超えているでしょう。

しかしその紡ぎ出される珠玉の音の連鎖は、

軽やかで爽快、目をつぶって聴いていると、

若い女性だけのオーケストラの演奏かと

思われるほどでした。

とても、今から38年も前の演奏とは思えません。

 かつて茶道の先生をしていた祖母に、

「軽いものは重いように、重いものは軽いように

扱うのですよ。」

と言われた事を思い出しました。

ブラームス、ただ重いですよね。

でも、ベームの演奏はその重さを表に出さないの

です。

そこには利休に通じる世界があるのかもしれません。

それにしても、フルート奏者が4人もいたのは

なぜなのでしょうか。

ホールがそんなに広いのでしょうか。

そういえば、1970年は三島由紀夫が自決

した年でした。

同じ年の二つの世界、全く違います。

2008年10月31日 (金)

バッハのカンタータ147番

 最近この有名なバッハのカンタータをアレンジ

した演奏を聴きました。それは私にはとても聴くに

堪えない演奏でした。

もちろんその演奏に感動する人もいるでしょうが。

 バッハは敬虔なプロテスタントですよね。

このカンタータはバッハの祈りそのものです。

それをチャラチャラ演奏するなんて、この曲の

真意や背景を考えて欲しいと思います。

作曲者の意図をよめない演奏は、作曲者に

対する冒涜です。

初めてこのカンタータをこのアレンジで聴く人も

いるでしょう。

まあ今は自由な時代ですし

とりあえず、形だけ日本は自由な国ですから、

バッハをどんな風に演奏しても構いません

がね。

間違った自由、知らないという事

そして、わからないと言う事。

そしてそれらが伝染してしまう事

実に怖いです。

2008年10月 5日 (日)

ロストロポービッチ バックホームで流された曲

 クラシカジャパンで最近「ロストロポービッチ 

バックホーム」というドキュメンタリーの放送が

ありました。

内容は何年間も亡命していたロストロポービッチ

がロシアに帰国する時の記者会見などをそれ

ほど編集せずに、ただ淡々と流れていくもの

でした。

その番組の後半に、ロストロポービッチが或る

駅で多くの群集に迎えられる場面に流された

曲に私はとても驚きました。

なんとブラスの名曲「星条旗よ永遠なれ」なの

です。

帰国が許されたとはいえ、まだまだ制約が多い

時代に。さすがです。

ロシアとアメリカを仲良くさせたい』

いうメッセージを込めたかったのではない

でしょうか。

ロストロポービッチの演奏を見ていて、

マイスキーの情緒深さとヨーヨーマのテクニック

ロストロポービッチを源流にしているのだと

思いました。

そういえば、星条旗というと、私が高校生の時

の友人下條君を思い出します

吹奏楽部の部長でフルートとピッコロを吹いて

いました。彼の星条旗は実に上手でした。

30年ほど前、駿河台の路上で彼に偶然合い

食事をしました。

「家具作りの修行でアメリカに行っていて、地元

のブラスバンドで星条旗を吹いたら、もの

すごい拍手でアンコールされたんだよ。」

と実に嬉しそうに語っていました。

彼は今、どこで何をしているのでしょうか。

2008年5月 9日 (金)

カノンの歌う翼をください

 私のお気に入りのカレー屋さん、プレジールに

行き、注文をして少し経つと、それまで流れていた

BGMが変わりました。とてもきれいで静か、そして

語りかけるようなソプラノです。

一緒にいた友人に「サラではないですか。やっぱり

サラはいいですね。」などとサラの話をしながら

食事を終えて、店を出る時に「今流れていたのは

サラですか?」と聞いたところ、「カノンという日本人

の方ですよ。」との事でした。

サラだなん知ったかぶりをしてしまい、とても恥ず

かしかった。

さっそくカノンのPrimary Flowersというアルバムを

手に入れました。

ていねいできれいな発声、そして透明感あふれる

歌声は聴いていると一日の疲れが癒されます。

その中の一曲「翼をください」が英語で歌われて

いるものがあります。

なぜこれほどまでにきれいなのでしょうか。

不思議なくらい英語が違和感無く頭にスット

入ってきます。

英語を習い始めた時に、このような歌声に

触れていれば英語が大好きになれたと

思います。

2007年11月28日 (水)

民謡コンサート その2

 このコンサートでは津軽三味線の演奏もありまし

た。その演奏家三人が、何と20代前半の街の

どこにでもいるような若者なのです。

どんな演奏をするのかなと思っていました。

三人の演奏が始まると、多分私の血圧は10は

軽く上がったと思います。感動する間もない位

聴衆を圧倒するのです。三味線の自己主張の

究極です。三人の弾き比べでは誰が勝ったとか

負けたではなく、それぞれが自分の持ち味を

思いっきりばちになって表現した、そんな感じ

でした。若い人が伝統芸能をちゃんと引き継い

でくれていることにほっとしました。

またプログラムの中には「おさん」という

近松門左衛門原作の悲恋の民謡?と言っていい

のでしょうか。まるでオペラのような叙情的かつ

絵画的、踊りというか舞が一緒なのです。

おさんと茂兵衛の哀しくも美しい恋の世界が

見えてくるのです。初めて聴いたとは思えま

せんでした。哀しい世界が目の前にそして

感動せずには呼吸させないぞ、といった

緊張感のある音響がホール全体を包みました。

民謡コンサート その1

 今月の初旬に知り合いの民謡の先生の主催

する民謡コンサートに行きました。民謡のコンサ

ートには今まで行った事などありません。

 プログラムを見ても、かろうじて知っているのは、

「武田節」と「佐渡おけさ」くらいです。大丈夫かな

3時間もじっと聴いていられるかな、と少し心配に

なりました。

 しかし、コンサートが始まり、民謡の特有の威勢

のよい歌声と調べ、それにぴったりとした踊りを

見ていたら、それまでの心配は吹っ飛んでしまい

ました。初めて聴いているにもかかわらず、

そして日本語でありながら、意味がわからない

にもかかわらず、見えてくるのです。その状況が、

その情景が。

不思議です。本当に不思議です。

涙が流れました。自然に流れました。言葉の意味

すらわからないのに。なぜでしょう。

日本に生まれ、育ったからなのでしょうか、かっこ

よく言えば普遍的無意識が勝手に感動したので

しょうか。

民謡は言葉を理解しなくても、聴く人の感性に

直接働きかけるのかもしれません。

登場された歌手はどなたも必死に歌っています。

一瞬の隙もありません。少しの手抜きもありません。

もし手や気を抜いたら、素人の私にもわかってしまう

でしょう。

それが民謡の怖さかもしれません。

2007年10月16日 (火)

軍歌「戦友」

 私は学生の頃運動部に所属していました。

大会に優勝した時はもちろん、年に何回か宴会が

設けられました。その時下級生はその場を盛り

上げる為に歌を歌わなくてはなりませんでした。

私は歌謡曲も民謡も全く知りませんでした。

最初のうちは小学校の頃覚えた文部省唱歌を

歌っていたのですが、さすがに先輩からダメだと

いうことになりました。

そんな時その運動部を指導しておられる師範が

軍歌が好きだという事を知り、私は軍歌集を買い、

ひたすら覚えました。

そんな事は記憶の深い深い底に眠っておりました。

私が30歳の時、父が亡くなりました。

火葬場から帰る車の中で、私は骨壷を胸に抱いて

いました。

私は「あったかいよ、まだあったかいよ。」

と言いながら、思わず隣にいた弟の手を握りまし

た。当然です。たった今火葬場で焼かれた骨が

骨壷に入っているのですから。

私は焼かれたばかりの骨の温かさに、生前の

父のぬくもりを感じたのです。

 そしてまたしても、そんなことは遠い記憶のかなた

沈んでいました。

それがある日突然重なったのです。

軍歌「戦友」と父の遺骨のぬくもりとが。

何のきっかけはは覚えていませんが、戦友の

8番の「空しく冷えて魂は 国へ帰ったポケットに

時計ばかりがコチコチと 動いているも情けなや」

時計=心臓=遺骨、コチコチ=ドキドキ=ぬくもり

と突然すべてが重なった時、ものすごい衝撃を

受けました。

そして軍歌「戦友」は軍歌じゃない。

ものすごい反戦歌だと実感しました。

当時の音楽家は、わからないように反戦の

イメージを軍歌にまでも潜ませていたのでは

ないでしょうか。

2007年10月 9日 (火)

教育再生のカギは文部省唱歌にある

  テレサ・テンの「夕凪」という歌を聴いていて、

私は文部省唱歌の「われは海の子」を思い出し

ました。

私が小学生の頃の音楽の授業は全員で音楽の

教科書にある歌を歌う事がほとんどでした。

もちろん文部省唱歌です。私は海が大好きで

したので、この「われは海の子」は真っ先に覚え

ました。そして何か辛い事や嫌な事があった時

には、いつもこの歌を思い出して乗り越えてきま

した。

「われは海の子なんだからこんな困難なんか

たいした事はない、絶対に乗り越えてやる、

乗り越えられる。台風の影響でものすごい波

に向かって飛び込み、浜まで砂まみれになって

打ち上げられる、そんな事を、何のためでもなく、

ただ何回も何回もやった自信でしょうか。

われは海の子とつぶやくと、勇気が湧いたの

です。これは高3の受験勉強の頃まで続きま

した。

そんな事をずっとずっと忘れていました。

「夕凪」を聴くまで。何かしらこの二つ歌には

共通したイメージがありそうです。

手許にある岩波文庫の「日本唱歌集」によると、

明治43年7月「尋常小学読本唱歌」に収録され

たそうです。

私は「われは海の子」にどんなに助けられたか、

どんなに勇気付けられたかわかりません。

明治の教育畏るべし。

2007年9月26日 (水)

二人のジェルソミーナ

 イタリア映画の名作「道」の主人公ジェルソミーナ

の歩いた道、歩き続けた涙とそよ風、そして微笑み

の道。

言葉の持つ美しさと現実との違いの怖ろしさは、

真剣に映画を観、真剣に歌を聴けばわかります。

高校生の頃初めて「道」を観た頃は今日のように

ビデオもDVDもなかったので、自然にその時が

すべて、いま見逃したら、二度とこの映像を、

この場面を観ることは出来ないのだという、

瞬間を大切にする気持で呼吸を忘れてしまう位

集中して観ました。

映画の最後ザンバノが砂浜で号泣した時、私も

一緒に泣きました。

ではなぜザンバノは泣いたのか?

テレサが1985年NHKでのコンサートで、純白の

ウェディングドレスを身にまとって歌っている姿を

観ていて、ふと気になりました。(最近の放送で)

「自分の犯した罪?」 そんな生易しいことで

  泣くよな男ではないでしょう。

「原罪」  そんなきれいな言葉では納まらない

 でしょう。

「どうしようもない自分に気付いた」  それでも

 これからずっと生き続けなくてはならない。

 人間の不条理、生への不安、死への不安・・・?

ムンクの「叫び」、ロダンの「地獄の門」、「地獄図」

これらすべてを含有していると思えるこんなに深い

映画への返歌として、テレサは、ウェディングドレス

で「ジェルソミーナの歩いた道」を歌ったのではない

でしょうか。

 天使、そう二人のジェルソミーナは天使です。

でもこれは一つの考え方です、もっともっと深い

別の考え方があるでしょう。

私はこの二人のジェルソミーナがわかる人間に

なりたい。

2007年8月20日 (月)

連弾

 先日ピアノの連弾によるコンサートに行きま

した。

ピアノ連弾というと、どうしても発表会を連想し

てしまいます。

プログラムにグリーグやリストがありました。

一体どんなコンサートになるのか全く見当が

付きませんでした。

グリーグの「ペールギュント」が始まりました。

たいていこの曲はオーケストラで演奏されま

すね。

違うのです。全く違うのです。オーケストラ

よりもグリーグの世界がより詩的に伝わって

くるのです。

オーケストラの「もわっ」としたものでは

なくより直接的というか、細かい感情が直に

私の中に入ってくるのです。

今までのグリーグではありませんでした。

なにせ4本、20本の指ですから、表現力は

音量はものすごいものがあります。

それからというもの、普通のピアノ演奏

が何かしら物足りなく感じられるように

なってしまいました。

2007年8月 7日 (火)

今シーズン初勝利、そしてテレサが打たせてくれたヒット

 先週の日曜日に今シーズンやっと初勝利を上げま

た。

昨年の4連敗から1つの引き分けをはさんでの6連

敗中でした。ここまで負け癖がついてしまうと、勝つ

のがなかなか難しくなってしまいます。

その試合の前日私はヘッドホンでテレサ・テンのCD

を聴きながら寝てしまいました。朝起きるまでずっと

1枚のCDを聴き続けたのです。(リピートにして

あったのです)

朝起きると頭の中はテレサの歌で一杯でした。

うわーこれから野球の試合なのに、集中できるかな

大丈夫かなと心配になりました。

 試合が始まりました。

1回に2点を取り、2回の表に1アウトランナー2塁

で私の打順になりました。あー、ダメダメまだ頭の

中でテレサの歌が、などと思いながらバッター

ボックスに入り、打つ事に集中しようとしたのですが、

なかなか歌が頭から離れないのです。どうしようと

思っていたところ、すでにピッチャーがボールを投げ

ていたのです。投球動作も手からボールが離れる

ところも見ていませんでした。はっと意識を戻し、

ボールを見ると、目の前にありました。それが

大きいのです、ソフトボール位に大きいのです。

しかも一瞬止まっているように見えたのです。

思いっきり打つとジャストミートしました。

ところが一塁手真正面でした。せっかくいい当たり

したのに残念、捕られてしまと思った瞬間、

ボールが一塁手の体を通り抜けたのです。

その時はなぜかわかりませんでしたが、とにかく

ラッキーと思い、ライトに転がっていくボールを見な

ら1塁に走っていきました。

なんとも不思議なヒットでした。

試合は5-1で勝ちました。

そのうちの2点を取るのにとても大切なヒットでした。

後の2打席はテレサの歌は頭から消えてボールに

集中できたのですが、平凡な内野ゴロでした。

次の試合の前日もテレサの歌を睡眠学習しようかと

思っています。

後で試合の録画を見たところ、私の打ったボールは

1塁手の脚の間を抜けていました。ゴロではなく、

ライナーでトンネルしていたのです。

我的家在山的那一邊

 すごい本です。

私がごく最近テレサ・テンの歌を初めて聴き、

とても感動したという事を知った知人から、

その本をプレントされました。

 有田芳生著 「私の家は山の向こう」です。

ていねいに取材を重ねた大作です。

この本を読んでいて、テレサ・テンの歌がなぜ

多く人の心を捉え、感動させる理由が

わかりました。

彼女はただ歌が上手なだけではないのです。

もし、歌手になっていなければ、政治家か

哲学者または詩人になっていたのではない

でしょうか。

来る8月8日NHKのBS2で19:45~

21:15

に「テレサ・テンの世界」という番組がある

そうです。

是非観てみたいものです。

2007年7月21日 (土)

やはりわからない

 20日教育テレビで、バルトークの弦楽四重奏

放送がありました。しかもジュリアード、録画

予約をしておりましたので、仕事から帰ってすぐ

テレビのスイッチを付けると、6番の2楽章が

始まるところでした。

夜中でしたので、ヘッドホンでかなり集中して

聴きました。

しかし、やはり全くわかりませんでした。

バルトークがわかる人というのは、一体

んな人なのでしょうか?

 昨年の暮れ、中学校の同窓会があった時に、

恩師と一人の学友が「バルトークの譜面が

安く手に入るようになったね。」などと話をして

いるのを近くで聞いていて、バルトークを譜面を

手に入れてまで聴くなんて、すごいと思いました。

かつてその恩師は体育館で、同級生の女の子

とバッハの「2つのバイオリンのためのコンチェ

ルトを演奏されたことがありました。そうか、

バルトークの世界まで理解到達されて

いらっしゃるのか。また友人も恩師と話が出来る、

すごいと思いました。

もしかしたら今日私もわかるかもしれないという、

わずかな期待を込めて集中して聴きました。

しかし残念ながら全くわかりませんでした。

バルトークの音楽って何なのでしょうか?

2007年7月16日 (月)

美しい、ただ涙が・・・

 テレサ・テンが中国語で歌っている歌を聴いた

ことがありますか?

私は最近彼女の歌を聴くようになりました。そして

その中でも、彼女の母国語である中国語で歌って

いる歌を聴いて衝撃を受けました。

美しいのです、感動するのです.そしてただ涙が

流れてしまうのです。意味は全くわからないのに。

なぜでしょうか?

漢字は中国から日本に渡来したものですよね。

その音読みには中国語と似ているものが多数

あります。漢字による心象表現が歌われることに

より、直接的に感性に訴えかけ、私の中の感情、

もしかしたら遺伝子レベルの感性、そう何千年も

前の原始的感性に訴えかけているのかもしれま

せん。テレサという伝道師を通して。

2007年7月 3日 (火)

作った美しさではない美しさ

 ここ二日間でテレサ・テンの歌を、日本語、英語、

中国語で聴きましたそれぞれの言語において、

その特徴を引き出していると思います。

日本語においては、日本人よりも日本語の発音が

きれいで、英語においてはイギリス人やアメリカ人

よりもきれいです。

当然、中国語は比類のない美しさです。

無理をしていない、自然の美しさです。

簡単に表現すれば音程の正確さとていねいさ、

それに努力・努力・努力ではないでしょうか。

作為がありません。作った美しさではない美しさで

溢れています。きっと心がとても純粋だったので

しょう。

申し訳ありませんが、現在私はテレサ・テンについて

ほとんど知りません。今後勉強していきます。

ああ、彼女のステージを一度でも観ておきたかった。

残念でなりません。

胸骨に響く歌声

 テレサ・テンが英語で歌っているCDを聴きました。

それはまるで、カレン・カーペンターが低い声で

歌っているのではないかと思えるようなきれいな

発声、発音、イントネーション、息継ぎ、間の取り方

すべてきれいです。私は聴いていて心臓の鼓動が

支配されてしまいました。彼女の歌声が私の心に

入り、心臓の鼓動までをもコントロールするのです。

 (私の心臓に疾患があるのかもしれませんが)

とにかくきれいな英語です。アメリカ人は参考に

したらいいですね。そうしたら少しは英語の発音が

きれいになりますよ。

ひき続き中国語で歌ってるCDを聴きました。

 「何日君再来」の好花不常開

 「夜來香」の那南風吹來淸涼

曲の始まりの部分の、ていねいな歌い出し

の素晴らしいこと美しいこと。

多分、韻を多用している言語の中で最も美しいのは

中国語ではないでしょうか。

それが歌になるともっと美しい。

 最もこのような感覚は、個人によって違って当然

なのですが。テレサ・テンの中国語による歌は何か

親しみ、なつかしさ、郷愁を感じさせます。

私の胸骨に直接響きます。

私の胸骨には中国の大地から何千年も前に譲り

受けたDNAが今も生きているのかもしれません。

2007年7月 2日 (月)

テレサ・テン

 今日近くのショッピングセンターに行くと、CDと

DVDの臨時販売をしていました。何気なくのぞい

みると、なんと「ハムレット」と「黒水仙」があるの

です。最近久しぶりに観て、それらの映のレベル

の高さに気付いたばかりでした。とてもうれしくなり

手にしました。また、探していたピアフのCDもあり

ました。こんな掘り出し物を手にしている時、そこで

流れていた歌があまりにも素敵でしたので、販売し

ている方に、「今流れている歌は誰が歌っているの

ですか。」と尋ねました。

すると「テレサ・テンですよ。そこにありますよ。」と

えてくれました。「最近テレビでやりましたよね。」

テレビのドラマにあったのは知っていましたが、

私は見てはいませんでした。

丁度、美空ひばりさんの歌われた、「川の流れの

ように」が流れていました。きれいです、文句なし

にきれいです。そこにあるテレサ・テンのすべての

CDを買いました。実は彼女が活躍している時は

仕事一筋で、彼女がどんな歌を歌っていたのか、

全く知りません。

今買ったCDを聴いていたらなんとレパートリー

広いこと、そしてどんな曲を歌っても聴いている

を感動させてしまう力を持っている。

彼女の存命中にもっと聴いておけばよかった。

とても残念です。でも、今日こうしてテレサ・テン

偶然出会えた事に感謝します。彼女の歌を・

聴くと力がそして勇気が湧いてきます。

やっと私も歌謡曲がわかるようになったみた

です。

そして、また一つ人生の夢が出来ました。

それは、テレサ・テンのお墓参りをするという。

2007年5月15日 (火)

サラ・ブライトマンのアヴェ・マリア

 最近毎日、サラ・ブライトマンの「アヴェ・マリア」

いています。中学生の時学校の映画鑑賞会

ウイーン少年合唱団主演の「野ばら」で大感動

して以来、この曲は私の守り神です。

そのサラ・ブライトマンの出だしが半拍ほど

いやもっと短く遅れているのです。気になって

いたので、あるピアニストの方に質問しました。

すると「確かに遅れています、それで何か?

意図があるのではないですか。」とのことで

した。

その先は何も答えて下さいませんでした。

そうかプロはそこに意図を読み取る。私の

ような素人はただ気になってしまっただけ

なのに。

それからその意図を考えながら、何回も何回も

聴きました。するとあることに気付きました。

それからはその遅れが余り気にならなくなり

ました。

リピートではより遅いよう気がするのにもかか

わらず。そうか、むしろその間の取り方が、

より深い感動を与えるのだ。そしてリピートでの

より深い感動を予感させるために、出だしで

ほんのわずか遅れてみせているのでは?

深い、実に深い。サラ・ブライトマンに質問

してみたいですね。

そう、すぐに解答を示されなっかたので

とてもよかった。

もし「それは深い感動を与えるためですよ。」

などとすぐに教えられてしまったら、それは

ただの知識で終わってしまい、本当に心から

納得することなど決して出来なかったと

思います。

教えない事こそ最高の教育だと思いました。

 私の聴いているCDの最後に「あたりは沈黙に

閉ざされ」のライヴ・ヴァージョンが収録されてい

ます。その曲を歌い終わった後に、花束をもらって

「サンキュー」とサラ・ブライトマンが言う声が

入ってるのは何かとてもうれしくなりなす。